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「あ」
小さく声を漏らし、リクが玉城を見上げて来た。
白いパーカーに淡いブルーのジーンズ。
ふらっと出かけてきたような軽装のせいか、いつもよりとても幼く見える。
「どうしたリク。なんでお前がここに居るんだ?」
ある意味とぼけた質問だったが、玉城にとってこれほど意外な客はいない。
玉城の横からヒョイと顔を出してリクを見た多恵が、ハッと息を飲んで照れたように顔を引っ込めた。
リクはゆっくり立ち上がると玉城の後ろに隠れてしまった多恵をチラリと見、
次に玉城を見て「ごめん、お邪魔しちゃったね」と、小さく言った。
「え? あ、いや、この子は違うんだ、友達の妹だよ」
友達の妹という言葉が、何かの免罪符になるのかは分からなかったが、妙な誤解をされないために玉城は必死になった。
長谷川の好意で貸して貰ってる社員寮に、女を連れ込んでるなんて思われたくなかった。
そしてどういう訳か多恵も必死のようだった。
「そうなんです。妹分なんです。たった今ここに来たばかりなんですよ」
いや違う4時間前だ。朝の5時にたたき起こされたんだ。と言いそうになったが玉城はぐっと堪えた。
「そう」
リクは穏やかな表情で笑った。
「ねえ先輩、誰? 友達?」
玉城のシャツの裾を後ろからぐいっと引っ張り、多恵が小声で聞いてきた。
返事の代わりに玉城は苦笑いをしてみせる。ちょっと説明がめんどくさい。
それよりもこっちがリクに尋ねたいことがいっぱいだ。
何でここに居るのか。
しゃがみ込んで、何をしていたのか。
お前の足元にあるオモチャは何だ!
玉城は再びリクの足元の物体に視線を落とす。
それを察したのかリクが先に口を開いた。
「玉ちゃんさ、鳥類の恋人でもいるの?」
「は?」
まさに「は?」としか答えようがない。
奇妙なやり取りに多恵もクイと体を乗り出して二人を見た。
リクは少し困ったように笑いながら、足元にあった小さな可愛らしいベビーカーをそっと持ち上げて、その中身を玉城と多恵に見せるように傾けた。
ふんわりとガーゼの柔らかい布が敷かれた小さなベビーカーの中には、ツヤの良い水色の卵が3つ乗っていた。
そしてその横には綺麗な手書きの文字で、
『事情があって私には育てることができません。どうかこの子を可愛がってあげてください』
と、書かれた便せんが添えられていた。
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