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リクは二軒隣の部屋の天上付近を見上げ、立ち止まった。
多恵も目を凝らしてその視線の先を見る。
「ムクドリの巣だ」
「あ、ほんと。巣がある」
天上から20センチばかり下に、古いアパートならではの大きめの通風口があった。
蓋がはずれていて、その隙間から鳥の巣らしい藁や小枝が覗いている。
「へえ、こんな所に」
玉城が背伸びして覗きこんで見たが、中に生き物の気配はない。
「明け方の暴風で、吹き込んだ風に掻き出されたんだろうね」
リクが言うと多恵が「なるほど」と人差し指を立てた。
「じゃ、ベビーカーは?」と、玉城。
「風が運んできたんじゃない? 佐々木さんの家の前から」リクが笑う。
玉城はベビーカーを見た。
「そんな偶然、あるのかなあ」
風に煽られカタカタと滑っていくベビーカーに、風に押し出された卵がころんと乗っかる姿を想像してみた。
なるほど、ありえなくはない。しかしこんなところに起きてしまっては勿体ないほどの偶然だ。
「それにしても、風ごときで卵が転がるようじゃダメだろ。何よりも大事な卵だろ?」
納得が行かず、玉城はこんどは軽率なムクドリに矛先を向けてみる。
「残念ながら、この巣は春から時間が止まってる」
「え?」
「ムクドリはこんな秋口に卵は産まないよ。春に何らかのトラブルがあって育てることをやめてしまったんだろうね。だから巣は崩れて行って、脆くなった」
「ちょっと可愛そうね」多恵が卵を見て呟いた。
「じゃあさ、あの手書きのメモは? 誰のイタズラでもないのか?」
玉城は再びリクに詰め寄る。
何で僕に聞くんだよ、とでも言いたげな表情をしたが、リクは辺りを見回し、通路の突き当たりの床にハラリと落ちている紙片を見つけて歩み寄った。
「例えば、これ」
リクはその紙片を拾い上げて二人に見せた。
突き当たりの壁面に設けられている、褪せたグリーンの掲示板から剥がれ落ちたもののようだ。
茶トラの子猫の写真がカラーコピーされている。
「わあ、かわいい猫!」
玉城が聞いたこともないような可愛らしい声を出して多恵がはしゃぐ。
お前、猫は嫌いだっただろう、と言いそうになるのを堪えて玉城も覗き込んだ。
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