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子猫の写真の横には、見覚えのある丁寧な書体で文字が書かれていた。
『捨てられていたのを保護し、数日間面倒を見ましたが、娘のアレルギー等の……』
そこから先が切れている。
写真の上には『もらってください』とあり、連絡先も小さく書き込まれていた。
「これってさあ」
そう言って多恵は、先程のベビーカーの中の手紙の切れ端とくっつけてみる。
「このビラの続きだったのね。風と雨で千切れて飛んできちゃったんだね。…………ね?」
多恵はリクの顔を覗き込んで確認を求めた。
「なーんだよ、まったく人騒がせな偶然だな。朝っぱらから要らないよ、そんな余興」
リクの返事を掻き消した玉城のボヤキに、多恵は唇を尖らせた。
「いいじゃん、ちょっと面白かったし」
「俺は眠いんだよ!」
不機嫌全開の玉城の言葉に、リクがクスリと笑った。
空は何処までも青く、深かった。
塵もホコリも全て明け方の風雨が洗い流してしまったかのように、朝の空気が透き通って眩しい。
まあ、こんな朝も悪くはないな、と事件の解決したベビーカーを脇に寄せて玉城は廊下の2人に目をやった。
リクは通路の手すりに手を置いて深い空を仰いでいる。
多恵が猫のようにその横に滑り込み、さりげない風でリクを覗き見た。
その綺麗な横顔に戸惑ったように、慌てて空を見上げる多恵の様子がなんとなく愉快だった。
「私、台風の過ぎた後の天気も好きだけど、台風のど真ん中も好きなんです。
なんだか、ワクワクしませんか? 何か起こりそうで」
リクは青い空をじっと見つめたままだったが、少し間を開けて、独り言のようにつぶやいた。
「僕は嫌いだな」
「え? どうして?」
「……」
多恵が聞き取ろうと、じわじわとリクの方に顔を寄せる。
……じわじわと、止まることなくリクに近づく。
「わっ!」
思わず玉城の喉から声が漏れ出た。多恵の接近が止まり、リクが振り向く。
「と、ところで、……リクは何でうちに来たんだ? こんな朝っぱら来るってのは、何か特別な用事があったからじゃないのか?」
今この瞬間、世の中のどんなニュースよりも聞きたいといった表情で玉城は切り出した。我ながら良い質問を思いついたとホッとする。
けれどその質問はリクの表情を曇らせた。
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