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「あ……ごめん。用事はないんだ」
ほんの一瞬、微妙な間が空いた。
「いいじゃない。用事が無いと来ちゃいけないわけ? 先輩の部屋に!」
いじめっ子を言及する学級委員長よろしく、多恵は腰に手をやり玉城に抗議した。
「そんなこと言ってないだろ?」
―――こいつはすっかりリクを気に入ってしまったな。
見えないように溜息を一つ吐き、頭をポリポリ掻きながら玉城は多恵の立っている通路の反対側へ視線を泳がせた。
「あれ?」
目に映ったものにドキリとして、玉城はつい大きな声を漏らした。
「え? 何?」
それにつられて多恵とリクがその視線の先を見る。
そこには長く艶やかな黒髪をした、色白の美しい女性が佇んでいた。
玉城の声に反応して、女性も玉城の方を振り返り、微かに会釈すると、少し気まずそうに階段を降りて行ってしまった。
「何よ先輩。大きな声出して」
「いや、なんかビックリするくらい綺麗な人だったんで」
「いちいちそんなんで大声出してたら街なか歩けないじゃん」
「そうだよな。なんか、……声が出た」
自分でも格好悪いなと思い、玉城は照れ笑いした。
「ねえ、玉ちゃん」
ふいにリクが真剣な声を出した。
「え?」
「玉ちゃんってさぁ……」
切羽詰まったような目で玉城を見つめる。
「何?」
「たとえば、もの凄く綺麗な女性が部屋に入ってきて、急に服を脱いじゃったらどうする?」
「は?」
予想もしなかった言葉がリクから飛び出して、更に玉城は大きな声を出した。
「だからさ」
リクは心配そうな表情を浮かべて、更にじっと玉城の目を見る。
「急に目の前で裸になられてさ、誘われたらどうする? いや?」
玉城は目を瞬いた。多恵の反応を見る余裕もない。
「いや……そりゃあ、嫌かどうかと聞かれたら、イヤではないよ。むしろ嬉しいよ。そんな夢みたいなシチュエーション、ふつうあり得ないからな」
訳が分からない質問に慌てながらも、玉城はついつい本音で答えた。
「ほんと? ほんとに?」
リクの声がホッとしたように弾んだ。そして、
「よかった」と嬉しそうな笑顔になる。
「いや、良かったって……なんの質問だよいったい!」
何となく自分ひとり丸裸にされたような気がして、玉城はリクに突っかかった。
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