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多恵はそんなリクをチラリと見た後、さっき女性が居たあたりに視線をやり、最後に玉城に視線を戻して来た。
納得したように、ひとり小さく頷く。
「じゃ、僕、帰るから」
すっきりした表情のリクが言った。
「え? 寄ってかないのか?」
「うん。用事はもういいんだ。朝早くからお邪魔してごめんね」
呼び止める間もなく、リクは軽く手を上げて階段を駆け降りて行った。
「あーーあ。帰っちゃった」
ガッカリした様子の多恵。けれども無理矢理引き留めないだけの節度は持っていたらしい。
「本当にあいつだけはいつまでたっても理解不能だよ。本当に何しに来たのかな」
頭をがしがし掻きながら玉城は大げさにため息をつく。
「寂しかったからじゃない?」
さらりと多恵が言う。
「は? 寂しい? ありえないよ。多恵ちゃんは知らないだろうけど、あいつほど孤独を好む奴はいないよ」
「そうかしら。台風が嫌いって言った時、そんなふうに感じたけどな」
「ないない。あいつが寂しくて俺んところに来るとか天変地異の前触れだよ」
自信たっぷりに答えた玉城だったが、けれどふと、妙な引っ掛かりを思い出した。
「でもさあ、普段女に関してあんな話題振るような奴じゃないんだ。俺の知る限り、一切そんなこと無かった。何かあったのかな、あいつ」
突然「ぷっ」と多恵が噴き出した。
「何かあったのは、玉城先輩だと思うけどな」
「え?」
「やられちゃったね。先輩」
玉城は多恵を見つめた。
「……え ……なに?」
「分からなかったの?」
「え? 何かされたのか? 俺」
「そうね。結果的に、そういう事になるかな。うーん……やられたというか、置いて行かれたというか。何て言うのが適当だろう」
「な、……何だよ一体! 何があった!?」
訳も分からず玉城は青ざめる。あの間にいったい何があった?
「あ、そうだ!」
多恵はひらめいたように、人差し指を一本立てた。
「托卵」
そう言ってニコリとする。
「はあぁーーーー?」
「きっと、さっきの彼は体温低くて無理だったのよ。先輩ならうまくつき合えるんじゃないかな、あの美人と。好みのタイプだったみたいだし」
「おい、もう勘弁してくれって! 何のことかサッパリ分かんないよ」
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