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火に掛けたケトルがしゅんしゅんと音を出し、沸騰が間近だと控えめに知らせ始めた。
それに重なるように庭のケヤキが風に煽られ、バサバサとしなっている音が聞こえる。
まだ夕刻だというのに、接近している台風の余波のせいで窓の外は闇に包まれていた。
湯の沸く音を更に強めてケトルが主(あるじ)を誘い始めると、リクは木製の椅子からゆっくり立ち上がった。
「ねえ」
風の音とも木のこすれる音とも違う、艶を含んだ女の声が斜め後方からリクを呼び止めた。
テーブルに右手をついたまま、リクはゆっくりと声の方を振り返る。
「いつまで待たせる気?」
そこには薄いブルーの布を一枚まとっただけの妖艶な女が、含んだような笑みを浮かべてリクを見つめていた。
落ち着き払ったその表情からも、リクよりかなり年上だと言うことが伺われる。
まったく何のリアクションもせず自分を見つめているリクが癪に触ったのか、
女は掴んでいた布を放し、フワリと床に落とした。
一糸まとわぬその女の体はとても美しかった。
透けるように白い肌。豊満な美しい曲線を描く肉体。胸は瑞々しい白桃を思わせる。
長く艶やかな黒髪が、その白い肌を更に際だたせていた。
「ねえ」
世の男性なら身も心も奪われてしまいそうな甘い声。
妖艶な微笑みを浮かべて、女はゆっくりとリクに近づいてきた。
リクはそこでやっと思い出したかのように息を吸い体を起こし、女から逃れるように数歩後ずさりした。
「逃げないで」
切なそうなその声にリクは足を止めた。
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