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女はゆっくりその体をリクに近づける。
ケトルがいつまで待っても来ない主を呼ぶようにカタカタと体を震わせている。
窓の外でウオーンと風が唸る。
「火を消したいんだけど」
リクが小さく言うと、それがどうしたの? とでも言うように女は笑った。
その白く美しい手をリクの頬にそっと当て、もう一度愛おしそうにニコリと笑う。
そしてほんの少し首を傾けると、ゆっくり、赤く艶やかな唇をリクの唇に近づけた。
「帰ってください」
クイと体を退いてリクはつぶやいた。
女が少しむっとした表情を浮かべる。
けれどリクは躊躇っていたその言葉を、女に向けて最後まで吐き出した。
「あなたはもう、この世の人じゃないんです」
すぐ側で何かがスパークしたように光り、リクは目を閉じた。
窓の外でゴウと風が強く唸った。
カラカラと何かが転がって行く音が聞こえる。
台風の夜は嫌いだった。 世界にたった一人、取り残された気分になる。
早く、早く。
辛抱強く生真面目なケトルがカタカタと体を揺すってリクを呼ぶ。
リクはゆっくり目を開けた。
「もう……。分かったってば」
誰も居なくなった一人きりの部屋でそうつぶやくと、やっとリクは、少し疲れたようにキッチンへ向かった。
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