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「ほら玉城先輩。台風どっか行っちゃった。すっごくいい天気!」
ガラス越しに空を見上げて、多恵がはしゃいだ。
そして玉城はため息をつく。
有無を言わさぬ多恵の強引なリクエストにより、玉城は近くに出来た巨大アウトレットモールに付き合わされることが決定した。
来るときはすっぴん同然で来たくせに、出かける前になるとメイクに余念がない。
多恵は洗面所の鏡に貼り付いたまま長時間動かなかった。
「急げって言ったくせに」 不満げな玉城。
「女は時間が掛かるものなのよ」
「面倒くさいな」
「気の短い男には彼女が出来ないわよ」
「大きなお世話だ!」
こいつだけは絶対に大東和出版に入社させてはいけない。半ば本気で玉城はそう思った。
仮にもし入社したとして、長谷川の下にでも配属された日にはどんな火花が散るか分からない。
想像して玉城はゾッとした。
「ねえ、先輩は大東和出版でどんな仕事してるの?」
鏡を見つめてマスカラを塗りながら多恵が聞いてきた。
「いろいろ、細々ね。取材とか、コラムとか」
「へえ、どんな人の取材するの? 芸能人とか? モデルとか?」
「そうだな。鳥とか」
多恵はくるりと首をこちらに向けてキョトンとした。
「鳥?」
「そう、鳥」
玉城がニヤッとして言うと、多恵は腑に落ちない顔をして、また鏡に向かった。
「笑い所がわかんない」
その時、ふいにドアホンが大きく部屋に鳴り響いた。
「こんな朝っぱらからお客なの?」
メイクがあらかた終わったらしい多恵が化粧道具を片づけながら言った。
時刻は午前9時前。
「多恵ちゃんは記憶喪失か? 君はいったい何時にここへ来たと思ってるんだ」
あきれ果てながら玉城は玄関に向かった。
宅配便だろうかとドアスコープから外を確認してみる。
正面に人影は無かったが、下の方にしゃがみ込んでいる人物がしっかりと見えた。
「あれ……!? なんで?」
素っ頓狂に裏返った声を出すと玉城は急いで鍵を開けた。
「誰なの?」
多恵も玄関の方へ近づく。
「まったく、ありえない人」
そう言いながら重い玄関ドアを開けた先に、しゃがみ込んでいるリクがいた。
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