愛を乞うひと《前編》

2/8
551人が本棚に入れています
本棚に追加
/131ページ
5年間、音信不通だった兄貴が死んだ。 奥さんとも離婚して、男手ひとつで子育てだ仕事だと馬鹿みたいに頑張っていたらしい。それでとうとう会社帰りに、駅の階段でくらっときたんだとさ。過労だ。で、落ちた。よりにもよって最上段から。意識が飛んでいたから受け身を取ることもできなくて。それで――死んだ。 馬鹿じゃねぇのと思った。なんて言うか、兄貴らしすぎた。 お人好しで要領悪くて、でも人一倍優しくて。……でもそのくせ、微妙に空気が読めなくて、いつもどっかピント外れの気ぃまわして、一人でわたわたしてたっけ。 馬鹿じゃねぇの。いくら喧嘩別れしたからって、たった一人の肉親だろ。そんな切羽詰まってたんなら、ぶっ倒れる前に俺に頼れよ。 どうせ今頃天国で、自分が急に死んだせいで仕事に穴あけてないかだとか、あぁでも転げ落ちた時に誰も巻き込まなくて良かったとか思ってんだろ。一人遺した息子の心配もしてるんだろうけど、ほんと、馬鹿じゃねぇの。 俺は何年かぶりに一人であほみたいな量の酒を飲んで、笑って笑って、最後にちょっとだけ、泣いた。 【愛を乞う人】
/131ページ

最初のコメントを投稿しよう!