手遅れになるまで

8/13
前へ
/11ページ
次へ
俺が黙ってうつむいて、背中にもたれかかってきたことに気づいたのか、 「…なん…で…何も、言わない」 手の動きに合わせて言葉を途切れさせながら、怒ったような声音で夏樹がいった。 「…べつに、言うことなんてない…」 嘘だった。 気持ちいいか、とか痛くないか、とか。 一人でするのと違うだろ、とか。今のこいつにかけてやりたい言葉は、俺の舌の上にいくつも留まったままになっている。 でもそんなの、恋人どうしが交わす睦言とどこが違うだろう。今のこの場に、そんなものは必要ないし、あってはいけない。 「い、いつもみたいに…なんか喋って……、…ん… 」 手のひらに少し力を込める。夏樹の、うわずった声。 いつもみたいになんて、無茶な注文だな……。 「黙ってしてると、……おととか、エロくて…たまんなくなる…」 「いつもみたいに、って言っても…なあ」 さっきから、手元からはいやらしい水音が小さくくぐもって聞こえている。その音から耳を塞ぎたいとでもいうように、夏樹は少し俺の手から顔を背けた。 まずい。夏樹も妙な雰囲気に気付きはじめている。 何か話さなければ。何か。何かってなんだ? 「…お、お前を振った女の子って、どんなの」 「…なんでその話…」 「他に話題が思いつかない」 素っ頓狂な話題の振り方に、夏樹はふっと苦笑したようだった。ぴったりくっついた背中から、笑うときのやさしい振動がからだに伝わってきた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加