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俺が黙ってうつむいて、背中にもたれかかってきたことに気づいたのか、
「…なん…で…何も、言わない」
手の動きに合わせて言葉を途切れさせながら、怒ったような声音で夏樹がいった。
「…べつに、言うことなんてない…」
嘘だった。
気持ちいいか、とか痛くないか、とか。
一人でするのと違うだろ、とか。今のこいつにかけてやりたい言葉は、俺の舌の上にいくつも留まったままになっている。
でもそんなの、恋人どうしが交わす睦言とどこが違うだろう。今のこの場に、そんなものは必要ないし、あってはいけない。
「い、いつもみたいに…なんか喋って……、…ん… 」
手のひらに少し力を込める。夏樹の、うわずった声。
いつもみたいになんて、無茶な注文だな……。
「黙ってしてると、……おととか、エロくて…たまんなくなる…」
「いつもみたいに、って言っても…なあ」
さっきから、手元からはいやらしい水音が小さくくぐもって聞こえている。その音から耳を塞ぎたいとでもいうように、夏樹は少し俺の手から顔を背けた。
まずい。夏樹も妙な雰囲気に気付きはじめている。
何か話さなければ。何か。何かってなんだ?
「…お、お前を振った女の子って、どんなの」
「…なんでその話…」
「他に話題が思いつかない」
素っ頓狂な話題の振り方に、夏樹はふっと苦笑したようだった。ぴったりくっついた背中から、笑うときのやさしい振動がからだに伝わってきた。
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