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そんな気持ちを抱えたものの、当人相手には言い出せず、気づけばたちまちまた一年。
巡ってきたバレンタインの季節。受験真っ盛りだというのに、そいつは身ごちなチョコレートケーキを作り、また俺に『試作品』だと渡してきた。
実に美味そう。というか、過去と照らし合わせればこれが美味いことは判り切っている。でも俺は、どうしてもそのチョコケーキを受け取れなかった。
「毎年渡してるヤツ、美味しくなかった? 無理して食べてた?」
目の前の相手の顔が曇る。その表情が辛くて、俺は首を横に振った。
「違う。もらったモンはいつも美味かった。でも俺、『試作品』はもらえない」
言いながら、やっと自分の気持ちに気づいた。
これが試作品である以上、必ず本命が作られている。それをこいつは誰かに渡してる。俺は、それが、嫌なんだ。
「判った」
「え?」
突然何かを了解され、俺は首を傾げて相手を見た。その視界の隅っこで、今差し出されていたお菓子の箱が鞄に戻される。
「どっちも味は変わらないけど、一応、本命として作ったのと取り替えてくる。それ、明日渡すから」
取り替える? お菓子を? それも本命と?
そんなことしちゃったら相手が…。
「大丈夫。アタシが本命としてお菓子を贈ってるのって、お父さんだから」
…どういうこと?
その後聞いた話の内容はこうだった。
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