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ほとんど何も見えない歩の耳に、数メートル先から嫌な音が届いた。そんなあああ、と音がした方へ涙目で近寄りひざまずいて見ると、地面の上に眼鏡の残骸が散らばっている。フレームがあちこち曲がり、レンズは左右ともヒビだらけだ。この人ごみでは踏み潰したのが誰かは分からないし、もう通り過ぎてしまってこの場にはいないようだ。
「どうしよう……」
眼鏡はまた作ればまあ済むが、合格発表に来ているのに視界がこれでは自分の番号を探すのは至難の業だ。
仕方ない、人がいなくなるのを待って、掲示板にめちゃくちゃ近づいて、一つずつ見ていくか。それか係の人を見つけて聞くとか……
無残な姿になった眼鏡を手に乗せ、歩が呆然としゃがんでいると頭上で声がした。
「うわひどっ、壊れちゃったの?」
仰ぎ見ると、女子が気の毒そうに目の前に立っている。眼鏡がないので顔は良く見えないが、スカートから伸びる脚はすらりと細長い。
「もしかしてそれじゃ掲示板見えなくない? まだ見てないなら私番号さがそっか?」
「え、あっ、まだ、だけど、でで、でも、いいです……」
突然見知らぬ女子に話しかけられて歩にまともな返事ができるはずもなく、もごもごと固辞する。
「見るくらいすぐだよ、何番?」
「いや、でも、あの、ですね……」
ご親切は大変有難いのだが、自分の番号があればいいけれども、もしなかったらその事実を言わせることになるのでそれでは申し訳ないそんな嫌な役割をさせるわけには、といった内容のことを、歩は何とかその女子に伝えた。物事は悪い方に考える、期待は裏切られる方に考える、それが染みついている。
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