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「透はね・・君の事を何も話さなかった」
「そう、ですか」
「まるで私が負けるのを見ているかの様に、その過程を聞くだけでな」
窓を叩く風の音が少し止んだ。
少しだけ伏せられた目は宮瀬によく似ていて、まるで錯覚を見てるみたい。
意見を聞きに来たと言う割には、これといって確証の付く言葉を発しない。
探りを入れてると言うには少し詰めが甘く感じた。
「君を弱いとも強いとも教えてはくれなかったよ」
「透さんらしいですね」
「そうか、君にはその意味が分かるんだね」
「ほんの少しですが・・」
それは、あたかも自分は分からないと明言しているように聞こえてくる。
分からないと言えば語弊があるかもしれないが、きっと、分かったつもりでもそれが予想を外れているのだろう。
宮瀬の父が想像する私は、もっともっと単純でその掌の上で転がされていた違いない。
「私が透と過ごした長い年月よりも、数カ月の君の方が透をよく知っている」
「どうでしょう・・、それには答えることはできません」
「きっとそうだよ。言いたくはないが、私は透の悲しそうな顔を見た記憶がない」
「そうですか・・」
その答えはとても悲しく、虚しい。
親子なのに、家族なのに、プライドの高い宮瀬だって昔から今の状態だったわけじゃないのに。
考えれば考える程、それはどんどん暗闇に堕ちていくようだ。
それを口に出した宮瀬の父は、どんな気持ちで無理に微笑んで見せたのだろう。
「貴方は、悔いていますか?」
「どうだろうねぇ、でも、久々に会ったあいつの顔はよく笑ってた」
「笑ったら、結構可愛いんですよ透さん」
「三十路間際の息子の顔を可愛いと思うのは、少し抵抗があるなぁ」
零れた笑い声に、今度はしっかり目も笑っている。
これから、この利益のない会話は何処に向かって、何処で終えるのか。
そんなのを全て取っ払って、また声が響く。
「もう一つだけ教えてくれないかね」
背景に見える野外の景色は、まだ灰色。
しかし、窓を濡らす雨はもう降っていなかった。
雨粒だけが残ったその窓からは陽の光は入って来ない。
「君は、透と関わって幸せだったろうか?」
まるで宮瀬の父の心中を表すかのような天気に、もう一度雨を降らせるのか、それとも陽の光を差し込ませるのかは
私の 答え次第らしい。
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