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「俺はアンジェロ」
「かしこまりました、凜さんは?」
飲み干したエルプレジデントの辛さがまだ口に残っている。
甘い物でも頼もうか、と開いた口が一瞬躊躇って違う発音を飛ばした。
それは何てことのない最初に戻った感覚から出た他意のない言葉。
「スティンガーを」
その言葉に不思議そうな顔をしたマスターが、肩を窄めて笑い出す。
他意はないが、意味はちゃんと持ち合わせていたそのカクテルの名前に宮瀬も大きく溜息を吐いた。
「お前なあ」
「なんですか?変な意味はありませんよ」
「それでも・・いやいい」
「今も何も変わってませんよ、透さん」
そう最初から違った私達は、今も何も変わらない。
面白いくらいに上手くいかなかった気持ちの変化について行くのがやっとだったのも事実だ。
この席で最初にされたキスも、愛してると囁かれながらされるベッドでのキスも変わらない。
一つ違うとすれば、私達が互いに抱いた興味は遥か昔に別なものに変わったくらい。
「お待たせいたしました」
そしてこれから先も全てが上手くいくだなんて思ってやしない。
上手くいかなくていい、歯車は違う物を何個も掛け合わせてやっと回っているのだから。
一個が止まれば全部が止まる。
止まりかけた時、きっとどちらかが必死になって動かそうとその汗を流すのだろう。
私が流すものは汗ではなく涙かもしれないが。
「宮瀬様、アンジェロ意味は“好奇心”」
綺麗というだけのカクテルは、その一杯にたくさんの意味を込められている。
意味を知って出されれば素敵と思うものもあれば、その意味に血の気が引くものさえも存在する。
「凜さん、スティンガー意味は・・」
それでも私たちの感情なんてカクテル言葉で表せられるほど単純だ。
いい大人が情けないとも思ってしまうほどに。
それでもいい、それでも与えられるキスにさえくらくらしてしまう程単純でいい。
「 “毒針” です」
毒の回ってしまった好奇心はもう末期を迎えても尚、互いの体温を離そうとはしないのだから。
- Fin -
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