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「マスター、モヒート頂戴」
「かしこまりました。」
少し大人しめのドアーベルを鳴らし入ったbarで私は慣れた手つきでカウンターに座った。
女性がひとり。時計の針は23時半を回った頃合い。
終電を諦めた私の姿にマスターは少し驚いたような顔を向けたようにも見えたが、それもほんの一瞬でいつもの顔に戻ってしまった。
「どうされたのですか?今日は」
その一言と同時に出されたモヒート。
安い居酒屋などで出されるものとは少し違い、大きなミントが惜しげもなくグラスに浮いていた。
「どうしたも、こうしたもないのよ・・聞いてくれる?」
「勿論ですよ」
落ち着いた声でほほ笑んだマスターに甘えその口を開く。
今日は、会社の同期に誘われた飲み会だった。
いつもと違っていたのは、知らない男性が数人居たこと。
私にとって打ち合わせなしのぶっつけ合コンのようなものだった。
「顔は悪くなかったのよー。顔は」
「人の第一印象を決める55%は視覚からといいますよね」
「そうなんだけど… 」
愚痴に近い私の話を淡々と聞くマスターは優しい声色で相槌を打つ。
話を進める度に結局は好みが居なかったという理由に辿り着いた頃には、私が顔で男を選ぶと思われたかと自分の軽率な発言が少し恥ずかしくなった。
一通り普通の合コンはしてきたつもりだった。
でも、その話をするにはマスターは少し大人すぎたかもしれない。
「なんでこうも上手くいってくれないんだろう」
「間違いが起こる前に縁が切れるのは、或る意味いい事ですよ」
「私、頭硬いのかな?」
「そうは思いません」
優しいマスターは決して私を責めたりしなかった。
それを分かってるからこそ、話を始めた私は結局慰めてほしかっただけ。
「凜さんは優しすぎるんですよ」
想定していなかったマスターの言葉に、グラスを持つ手が止まった。
そして、その中に隠された意味がどうしても気になって仕方がない。
話を聞きながら、グラスを拭くマスターは終始微笑んでいる。
きっと社交辞令だとかもほんの少しだけ混ざっていたのかもしれない。
「逆かもしれないですよ?」
「そんなことありません、私の言ってる事は間違ってないと思います。」
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