3910人が本棚に入れています
本棚に追加
「マスター・・・これは」
「えぇ、カシスソーダです」
「えー」
出されたのは紛れもなく女子の鉄板カシスソーダ。
ベリーが上に乗っていて、女の子なら可愛いと喜ぶような見た目だった。
確かに、可愛い。可愛いが、今はそうじゃない。
「マスター私の話聞いてましたー?」
「えぇ、ですからコレをお出ししました。」
「今日は強いお酒で潰れる寸前まで行こうと思ってたのにな」
少し不満はあったが、出されたカシスソーダを少し口に入れる。
ピリッとした炭酸の刺激と一緒になじみあるカシスの香りと甘さが口に広がった。
美味しい。
「凜さんはまだ潰れるまで酔うような年齢ではないでしょう」
「今年25ですよ!!四捨五入で三十路・・・」
「私は四捨五入で還暦ですがね」
「マスターはいいのー。素敵だから」
はははっと、またマスターは冗談っぽく笑った。
他愛のない会話の中、席一つ開けて座った宮瀬という男性は、出されたお酒をゆっくり口に含むとそのグラス口を覗いてふわりと笑った。
少ないお客さんの中で、居合わせた人と話をすることは不思議な事じゃない。
そうやって仲良くなった人も数人いた。
しかし、どうもこの宮瀬と言う男性には声を掛けるタイミングも理由も見当たらなかった。
「やっぱ此処のマルガリータは旨いな」
「ありがとうございます。」
「他とは香りと後味が違う」
「うちはライムを少し多めに入れてるからですかね」
宮瀬という男はマスターの作ったカクテルに口をつけると、来た時よりも顔が穏やかになったように見えた。
僅かに続いた沈黙を破ったのは私でもマスターでもなかった。
そして、その会話を皮切りだと言わんばかりにbarには話声が広がった。
「凜さんは飲まれたことありますか?マルガリータ」
「え、いや・・・マルガリータはピザしか」
マスターに問われそれに答えたとき、右横でブフッと噎せたような声が聞こえた。
いや、正確には噎せて笑いをこらえている声が聞こえた。
自分の好きなカクテルの知識しかない私は、笑われたことが不思議で。
咄嗟に宮瀬の方を向くと、片手を口元にあて笑いを堪えてるであろう姿が目に映った。
最初のコメントを投稿しよう!