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「やあ」
わたしは間抜けな挨拶をした。
「十年ぶりね」
わたしは缶コーヒーを二本買い、待合室へ誘った。
ベンチが二本あるガラス張りの待合室で、女はわたしを上から下まで見た。
「尾羽打ち枯らした、って感じ」
「その通りさ。きみもそう見える」
女は苦い笑みを浮かべた。
「なぜ、って聞かないの?」
「なぜ?」
「離婚調停に判をついた女は、この田舎じゃまともに暮らしていけないのよ」
「どうするんだ」
「ちょっとしばらく、東京に行くの」
沈黙。
「やめたほうがいい。都会に行った田舎のネズミがどうなるか、昔、絵本で読まなかったのか」
「覚悟の上よ」
わたしは女の手を握った。
「十年前のことを覚えているか。ほんとうにガキだったおれたちのことを覚えているか」
女はわたしに手を握らせたままにしていた。
「なにがいいたいの?」
「ずっと待っている。きみはおれにそういった。今度はおれがそういう番だ」
女は手をふりほどいた。その右目につっと涙が流れた。
「三年も持たなかったじゃない」
わたしはその言葉を遮るように、女を抱きすくめた。
窓ガラスに、ひとつになったわたしたちの姿が映った。
「……信じていいの?」
「信じていいさ」
電車がやってきた。
女は……。
結局、女は行ってしまった。わたしの言葉に欺瞞しか感じなかったのだろう。それはわたしもわかっている。
それでも別にいい。
わたしは自分の言葉に嘘がないことを知っているからだ。
わたしは待っている。いつまでも待っている。
田舎のバカな若者のように、わたしはずっと待っている……。
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