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「兄ちゃん、ご飯だよ。」
和弘が、台所から声を掛けて来た。
そうか、今日は日曜日か。
長らく、家に居ると、曜日の感覚もよくわからなくなる。
母が、お昼ご飯の支度をしてくれていた。
「いただきます。」
耕作は、戦地の友のことを考えると、こうして生きて飯を食っていることを申し訳なく思う。
耕作の頬を自然と涙が伝う。
「どうしたの?泣いたりして。」
母がたずねる。
「戦地の友のことを思うと、俺は申し訳なくて。」
母が、溜息をつき、俺に答える。
「泣いても仕方がないじゃない。さあ、お食べなさい。早く元気にならないとね。」
母は優しく微笑んだ。
ご飯を食べている和弘を見て、耕作はふと、違和感を感じた。
右手で箸を持って食べている。和弘は、左利きではなかったか?
耕作は、しげしげと和弘の顔を見た。そういえば、あの落ち着きの無い和弘が、きちんと食卓について、ご飯を食べている。和弘なら、ご飯を食べている途中でも、放棄して立ち回り、母親にきちんと座りなさいと、何度となく注意されるはずだ。
和弘はこんな、茶色い髪の色をしていただろうか?和弘は、まだ十歳のはずである。ところが、目の前にいる和弘は、どうみても、十四、五歳にしか見えない。
「お前は、誰な?和弘ではないではないか。」
その言葉に、食卓は一気に凍りついた。
耕作は、箸を置くと、玄関に駆け出していた。今まで、歩くことすらままならなかった足が、勝手に動いたのだ。
あれは和弘ではない。俺は、和弘を助けに行かなくてはならなかったのだ。どうしてこんな大切なことを、今まで忘れていたのだろう。
後ろから慌てて、茶色い髪の和弘の真似をしていた少年が追いかけてきた。
「じいちゃん、待って!」
俺はじいちゃんなどではない。こいつは何を言ってるんだ。
耕作は、家のすぐ前にある、川原へと走った。
「和弘、今助ける。助けるからな!」
そう言うと、耕作は川の中へざぶざぶと入って行った。もう三月というのに、川の水は冷たい。
耕作はかまわず、川の水をすくい、和弘の体へと水をかける。すくってはかけ、すくってはかけ。
和弘を包む炎を消そうと、懸命に水をかけるが、一向に和弘を包む火は消えない。
「おとうさん、やめてください!」
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