菜の花の川

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 母が何故か、おとうさんと呼び、耕作を羽交い絞めにした。 「母ちゃん、和弘は生きとる!死んでなんか、おらん。ほら、見て!火なんかかけてしもうて。和弘は、火の中から熱いって起きあがっとるが!はよう、水かけんと死んでしまう!」 「おとうさん、和弘さんは、空襲で死んでしまったのよ!もう、何十年も前に死んでるの!」 「嘘を言うなよ!和弘が死んだなんて嘘だ!俺が目を離した隙に、和弘が出てしもうて、爆弾で死んでしもうたって言うて!和弘の死体を、皆の死体と一緒に焼くって言うて!油と火をかけられた!でも、和弘は生きとったんよ、母ちゃん!だって、俺、炎の中で起き上がるの、見たんよ!だから、今なら助かるかも!」 耕作は、そう叫んで、ざぶざぶと水を手ですくうと、川原にかけ続けた。  後ろから、男が耕作の体を、強い力で羽交い絞めにした。 「父さん、帰ろう?な?家へ帰ろう。もう戦争は終わってるんよ。和弘さんはもうおらんのよ。」 「離せ!俺は、和弘を助ける!」 暴れる耕作を、その男と、先ほどの少年が押さえつけ、両脇を抱えられた。 「和弘!和弘!かずひろーーーーー!」 「ねえ、あなた。もう限界よ。おとうさんを施設に預けましょう?」 家族が真剣な顔で、相談している横で、耕作は濡れた寝巻きを着替えさせられて寝息を立てている。 「ああ、もう家族で介護するのには限界があるな。」 そう答えたのは、紛れもない、耕作の息子である。 「自分の孫のこともわからなくなってるんですもの。ある日、和也のことを、和弘って呼びはじめた時にはびっくりしたわ。」  和也は心配そうに、耕作の寝顔を見ていた。 和也は、おじいちゃん子で、耕作のことが大好きだった。 最初は、しっかり者の祖父が呆け始めた時には驚いたが、もう随分と長い間、和也は和弘の役をこなしていた。 右利きだったのを、わざわざ左利きの練習をしたりして、和弘に成り切っていたのだが、つい昔の習慣で、右で箸を持ってしまい、和也は自分を責めていた。 「おじいちゃんを、施設に預けてしまうの?」 和也は、涙目で母親を見た。 「もう、限界なのよ、和也。」 「俺が、もっと頑張って和弘に成り切ってたらよかった。」 涙ぐむ和也の頭を父親が撫でた。 「お前は十分頑張ったよ。お前の優しさは、じいちゃんを十分幸せにできたと思う。」
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