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和也は、まだ祖父が呆けて居ない頃に、よく祖父の死んだ弟の話を聞かされた。
祖父は、戦時中、肺を患い、徴兵不適合と判断され、戦地に赴くことはなかった。祖父には、発達障害のある弟がおり、祖父がちょっと目を離したすきに、外へ出て行方不明になってしまい、空襲に遭い、爆弾で死んでしまったということだった。当時は、空襲で出る遺体の処理が間に合わず、疫病を防ぐために、やむなく、川原で死体に油をかけて焼いたそうだ。
祖父は自分を責めていた。母が留守の間、自分がちょっと目を離したすきに、弟が家を出てしまったことに気付かなかったことを悔いていた。油をかけられ、焼かれる弟の死体を断腸の思いで見つめていた時に、弟の体が炎の中で起き上がったそうだ。それを見て、祖父は弟がまだ生きていると思い、炎に飛び込もうとしたそうだ。川の水をかけ、必死で弟を助けようとしたのだ。
遺体を焼くと、人間はごくまれに、皮が縮んで、起き上がってしまうことがあるそうだ。それを祖父は、弟の和弘が生きていると、勘違いしたのだ。
きっと祖父は、和弘さんに生きていて欲しかったのだ。だから、和也は、ずっと和弘を演じ続けた。祖父の苦しみが少しでも癒されるように。しかし、和也は和弘にはなれなかった。
耕作は、施設に預けられると、一年も経たずに亡くなってしまった。死に際に和也が見舞いに行くと、やはり和弘、和弘と呼んで泣いた。
そして、最後に、和也の頭を撫でながら
「ありがとうね、和也。」
と言い残して死んだ。
和也は、一生分の涙を使い果たすかと思うほど泣いた。
今日は、耕作の命日である。
和也は、耕作の墓に花を手向けるとともに、川原にも花を手向けた。
「じいちゃん、和弘さんとはもう会えたかい?」
川原には、黄色い菜の花が咲いている。
春はもう近い。
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