抱き枕の恋ごころ

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「お待たせしました」 「ありがとう……あっ、おいしい……」  辛口のが飲みたいけれど、甘さも欲しいと浩明が迷っていたので、ウォッカに漬けた生姜を強めに効かせてモスコミュールを作った。  高校卒業以来、会うことはなかったから、浩明は酒が強いのか弱いのか、どんな飲み方をするのか見当がつかず、多少無難に逃げた気がするが、口をつけた浩明の満足そうな声を聞いてほっとする。 「それにしても久しぶりよね。来てくれるのはとてもうれしいけど、あちらでいい人はできなかったのかしら?」  ママはこれでも本気で店に来るお客様達がよい相手を見つけることを望んでいる。だから浩明のように出戻って来る者に対しては少し複雑な思いを抱いているのかもしれない。 「うまくいっていると思ってたんだけど、こっちに戻ることが決まってから、相手が豹変したんだ」 「どんなふうに?」 「大人で、男らしい余裕のある人だと思っていたのに、急に女々しくなって……ボクも日本へ行く! なんて言うんだよ。自国企業の支店長やっているような人なのに」 「それだけ浩くんにお熱だったってことじゃない」 「でもそんな風に縋られたら、ママだって冷めるでしょう? 俺はそんな部分を見せられて悲しくなっちゃったよ。理想を壊さないでほしい」  きっとその元カレを不憫に思っているのだろう。ママは少しだけ複雑そうな顔をしたが、言葉にはださなかった。 「そう……それで、例のアレは、治ったの?」 「ううん……まだ治ってない」 「それなら……切羽詰っているってことなのよね」 「うん……」 「困ったわね……それじゃあ仕事や生活に差し支えちゃうじゃない」 「そうなんだよねぇ……」  浩明とママの含みがある会話は気になったが、ずっと聞き耳を立てているわけにもいかない。
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