抱き枕の恋ごころ

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「言いたくないなら言わなくていいけど……」  同居を始めた頃、浩明が眠れなくなった理由を聞いてみたことがあった。  たいしたことじゃない、と前置きをして浩明が話した内容は、半分は想像通り、半分はなぜだか認めたくないものだった。 「あっちに行く前につきあっていた恋人と、転勤絡みもあってめずらしくケンカになった。これからのこともあるし、明日起きたら改めてちゃんと話そうって言われて眠ったんだ」  目を伏せて淡々と話す様子が、そのことを消化しきれていないのだとよくわかる。だからこそ上手く眠れなくて苦しんでいるわけで。 「いつも一緒に眠っていたけど、その時は俺がベッドにひとりで眠って、相手はソファで横になった。だけど、目覚めたら彼はいなくなっていたんだ」 「そう……か」 「音信不通になった。ショックを受ける暇もなく、少しすると自分も転勤になって、それきり。言い訳も、罵倒もさせてもらえなかった」 「浩明……」 「あの時、眠らなかったらどうなってたんだろうって、今でも考えることがある。笑えるよな。女々しくて重い」 「…………笑わねーよ」  浩明がそういったセンシティブな一面を持っていることは知っていた。  むしろあの頃と変わらないか、より顕著になった繊細さを、現在のふてぶてしい態度や言葉の鎧で巧みに隠しているのではないかとどこかで思っていたから、浩明の話もそれほど意外に感じなかった。
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