抱き枕の恋ごころ

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 高校生の時、死ぬほど緊張した面持ちで、翔太郎に気持ちを伝えてきたときの浩明を、今でも鮮明に思い出せる。  翔太郎は当時からモテるゆえ、自信家で調子がよかった。人によっては嫌われることも平気でしたし、お世辞にもいい奴ではなかったけれど、浩明がどれほど思いつめてその行動を起こしたかくらいは、さすがに悟った。  男性の、それも友人から向けられた気持ちに驚きはしたが、不思議と不快感はなかった。ただ、不快ではないというだけで、浩明の気持ちには到底応えられるものではない。それは浩明もよくわかっているみたいだった。 「気持ち悪いって、殴ってもいい。みんなに言いふらして馬鹿にしてもいい」   ……こんな気持ちを押し付けてごめんと、うつむいた浩明に自分はなんと声をかけたのだったか。  衝撃的な経験だったのに、その辺りの記憶は曖昧だ。  それ以後も、翔太郎は普通に接しているつもりだったが、お互いぎこちなさは拭えず、ふたりの距離は少しずつ広がり、高校を卒業と同時に疎遠になった。 「浩明」  一緒に眠るようになり、朝目覚めた浩明がほんの微か、安堵の表情を覗かせることを不思議に思っていた。その表情を見る度、ごく小さな棘が、心に刺さったような気分になっていて、その正体がやっとわかったはずなのに、翔太郎の心はなぜか晴れない。 「ん?」 「俺は、お役御免にならない限りはずっと抱き枕でいるから安心しろよ」 「は? 何言ってるの」 「聞き流してくれ。枕の勝手な心づもりだから」 「ふん……」
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