抱き枕の恋ごころ

4/75
460人が本棚に入れています
本棚に追加
/75ページ
 当然だ。このカウンターに着席できる人物は、ある特別なお客様のみで、ゲストと呼ばれ他のお客様とは区別されている。店には彼らの情報が載った写真付きの経歴書リストがある。彼らと共にリストは店の重要な財産で、厳重に保管されており、翔太郎も雑用からバーテンダーに変わるとき、一番初めにリストの人物を覚えるよう叩き込まれた。彼らはそれ程人数が多いわけではなく、現在は六十人程。  翔太郎の前職は営業マンだったので人の顔や名前を覚えるのは得意だが、写真であることと、いわゆるネコの人たちはなぜだか似たタイプも多く、古郡もその例にあてはまる人物なので覚えるのに若干苦心したひとりだった。  たしか、古郡は老舗練物メーカーの御曹司だ。普段は会社がある関西に住んでいるが、こちらに出張するときはよく『オリーブ』を利用するらしい。  その古郡は翔太郎への興味を隠そうともせず身を乗り出してくる。それなりの期間、こういう店に勤めているので、いい加減耐性もできてゲイには偏見もない代わりに興味もないが、こういうぐいぐい迫ってくるタイプはあまり好きではない。 「ねえねえ……今日って何時まで……翔太郎が上がるまで待ってるから……って、ひっ!」 「ごめんなさいねぇ。古郡ちゃん、この子はダメよ」  翔太郎と同じくカウンターの中にいたはずのママが、いつのまにか古郡の後ろに立っていた。  シンプルなオフホワイトのツーピースを纏っているものの、胸元のボタンは豊かな胸筋ではちきれそうだし、ミニスカートから覗く脚は筋肉質で、足元のピンヒールで踏まれたら簡単に命を落とせそうだ。女装をしているのに猛々しすぎるその姿は、がっちりとして全体的にいかつい。  今、ママは笑顔だがその目は全然笑っていない。迫力あるその顔で不意打ちされたら翔太郎だって声を上げてしまうだろう。少しだけ古郡が気の毒になった。 「ママぁ……驚かさないでよ」
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!