嵐の前・2

5/9
677人が本棚に入れています
本棚に追加
/126ページ
  手うちわで顔を扇ぎながらベンチに座り、   酔いが醒めるのを待つ。   うぅ……っ、今夜はちょっと飲み過ぎたかも……。   この家は吾妻橋東詰に程近い隅田川沿いに建っているので、   7月の第*日曜に開催される恒例の花火大会は、   この屋上からゆっくり見物する事が出来る。   川沿いの夜風は薄手のシャツ1枚だけでは、まだ少し   肌寒い。   けれども、酔って火照った体にはそれも丁度良くて、   結構気持ちがイイ。      見上げる夜空には満天の星。   うわぁ~~っ、凄い。   町中でこんなキレイな物見たの、久しぶりだ。   そんな事をボケーっと考えながら、夜空を見上げ   長居していたせいか?   体は意外に冷えてしまった。   ヒュルルル ――――   吹き抜けていく風に思わず体を縮こまらせ、   ”クシュン!”くしゃみも出た。   ヤバ、そろそろ戻らなきゃ……   すると、ドンピシャのタイミングで誰かが後ろから   ボクの肩にカーディガンを羽織らせてくれた。   ”? ”と振り向けばその誰かは ―― 「―― 周りに遮蔽物がないからここからの眺めも  なかなかのもんだな」   そう言いながら、鬼束チーフが隣りに座った。   うわっ、どうしよ……こんな唐突に登場されても   何をネタに話したらいいか、全く分からない。   けど意外にもチーフは特に何を話すでもなく。   ボクと同じように、目の前に広がる下町の夜景を   黙って見渡していた。   以降、ボク達2人は終始無言。   沈黙は好きじゃないけど、   こんな夜は静けさがとても心地良い。   チーフもそんなボクの気持ちを察してか、   黙ったままで座っている……と、思ったら。   ”トン”と、ボクの肩口に軽い振動が伝わった。   見ると、チーフがボクの肩にもたれて気持ちよさそうに   眠っている。   そう言えば、一昨日からほとんど休みなしで、   フル稼働していたらしい。   本当なら、今日の学会でそのまま大阪へ泊まる予定が、   あつしからの”迫田出現”の連絡を受け、   飛行機で帰って来たんだそう。   飛行機じゃあロクに眠れなかったろうなぁ……
/126ページ

最初のコメントを投稿しよう!