681人が本棚に入れています
本棚に追加
「―― じゃあ、お疲れ様でしたぁ、お先に失礼します」
「あぁ、桐沢先生、お疲れ様です。お気をつけて」
この日も倫太朗はいつものように通用口の詰め所にいる
警備の本間に挨拶し、臨床研修先の病院を後にした。
現在の時刻、午後5時半 ――
冬の夕暮れは早く、辺りはすっかり宵闇に包まれている。
”うぅ~~、さぶぅ~”と、肩をすぼめ、コートの襟を
立てて、ふと、空を見上げれば ――
上空より何やら白っぽいふわふわした物が無数に
舞い降りて来る。
「あー、雪だ……」
道理で底冷えする訳だ。
知らず知らずのうちに猫背になって、家路を急ぐ。
桐沢 倫太朗(きりさわ りんたろう)25才。
この都立秀英会病院の初期研修医だ。
ここから徒歩十数分という好立地に建つ、
借り上げアパートの独身寮に住んでいる。
「―― ごめんなぁ、ちゃんと家で飼ってあげられれば
いいんだけど今のアパート、ペット禁止だから」
ここは帰る途中にある小さな児童公園。
2~3ヶ月程前からミケの仔猫が
住みついていて病院の職員食堂からもらっておいた
残飯を与えている。
猫が無心に餌を食べる可愛い姿に癒され寮へ向かう。
倫の住む第2独身寮 ”ローズハイツ”は、
1LDKと独身用の割には間取りが広々しているが、
築古で勤務先の病院から一番遠い為人気薄で
まだ3割強が空室のままだ。
そんなアパートの外階段が見えてくると、
それまで寒さの為せかせかしていた足取りも
幾分緩やかになり。
猫背もスクっと伸びてゆく。
そんな倫の近付く気配に気付いて、階段脇の
花壇に踞るよう腰掛けていた男が立ち上がった。
倫の表情が一気に曇る。
最初のコメントを投稿しよう!