始まり

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「お前今、外科担当してんだってな。うちのおふくろが  お前の事どえらく褒めてたぞー。やっぱ学年トップの秀才は  出来が違うのねぇ~って」   突然、仕事の事を持ち出してきた迫田の真意が掴めず、   倫太朗はただ黙って迫田を見返した。 「……病院の連中、お前がゲイだって知ってんの?」   瞬時、倫太朗が大きく目を見開いて動揺したのを、   目ざとい迫田は見逃さなかった。 「やっぱ知らねぇーんだぁ……へへ、そりゃ言えねぇわな?  陵南大の研修医がゲイじゃマズイんいんじゃね?」 「……」 「ゲイの小児科医がいるなんて事が外部に漏れれば、外科は  もとより他の診療科も患者は激減だろ~なぁ」 「てめぇ、一体何が……」   倫太朗は怒りの衝動で迫田の胸ぐらを掴んで、   そのままその体を後方の壁へ押し付けた。 「おいおい落ち着けよ倫。そんな乱暴すんなら俺、ここで  大声を出すよ? いいのか?」   両手をヒラヒラさせて、上に上げた。   こんな所で騒いだら……明日には医局中いや、病院中に   噂が広まってしまう。   倫太朗は迫田の胸ぐらから、渋々手を離した。 「……お前の部屋に案内しろよ」   耳元でそう囁かれ、倫太朗はサッと身を引いた。   迫田の顔を見れば、欲情した雄の表情になっている。   イヤだ ―― イヤだイヤだ……それだけは絶対に   イヤだ。   倫太朗は何度も頭を振る。 「ふ~ん、いいのか? 医局の皆さんや同期のお友達にお前の  性癖が知れ渡っても」   迫田の声色にも口調にも、倫太朗には最早選択権に   ない事が漂っていて。   ここで迫田に従わなければ、病院や大学にあることない事   脚色してバラすと分かった。   10年前、高校の同窓生達に吹聴したように……。   倫太朗の完敗だ。 「しかしよー、学年トップのミスター杜の宮が、まさかの  男好きだなんてなぁ~……」   薄ら笑いを浮かべて、倫太朗を見下ろす。   倫太朗は諦めの深いため息をついて、マンションの   玄関内へと踏み出した。
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