679人が本棚に入れています
本棚に追加
「お前今、外科担当してんだってな。うちのおふくろが
お前の事どえらく褒めてたぞー。やっぱ学年トップの秀才は
出来が違うのねぇ~って」
突然、仕事の事を持ち出してきた迫田の真意が掴めず、
倫太朗はただ黙って迫田を見返した。
「……病院の連中、お前がゲイだって知ってんの?」
瞬時、倫太朗が大きく目を見開いて動揺したのを、
目ざとい迫田は見逃さなかった。
「やっぱ知らねぇーんだぁ……へへ、そりゃ言えねぇわな?
陵南大の研修医がゲイじゃマズイんいんじゃね?」
「……」
「ゲイの小児科医がいるなんて事が外部に漏れれば、外科は
もとより他の診療科も患者は激減だろ~なぁ」
「てめぇ、一体何が……」
倫太朗は怒りの衝動で迫田の胸ぐらを掴んで、
そのままその体を後方の壁へ押し付けた。
「おいおい落ち着けよ倫。そんな乱暴すんなら俺、ここで
大声を出すよ? いいのか?」
両手をヒラヒラさせて、上に上げた。
こんな所で騒いだら……明日には医局中いや、病院中に
噂が広まってしまう。
倫太朗は迫田の胸ぐらから、渋々手を離した。
「……お前の部屋に案内しろよ」
耳元でそう囁かれ、倫太朗はサッと身を引いた。
迫田の顔を見れば、欲情した雄の表情になっている。
イヤだ ―― イヤだイヤだ……それだけは絶対に
イヤだ。
倫太朗は何度も頭を振る。
「ふ~ん、いいのか? 医局の皆さんや同期のお友達にお前の
性癖が知れ渡っても」
迫田の声色にも口調にも、倫太朗には最早選択権に
ない事が漂っていて。
ここで迫田に従わなければ、病院や大学にあることない事
脚色してバラすと分かった。
10年前、高校の同窓生達に吹聴したように……。
倫太朗の完敗だ。
「しかしよー、学年トップのミスター杜の宮が、まさかの
男好きだなんてなぁ~……」
薄ら笑いを浮かべて、倫太朗を見下ろす。
倫太朗は諦めの深いため息をついて、マンションの
玄関内へと踏み出した。
最初のコメントを投稿しよう!