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僅かに首を傾げ、巫女姫と名乗った女は二人を見下ろした。ハイポニーテールに縛られた長い髪が揺れる。
「小早川拓真だよ。拓真って呼んでね」
「朝霧久也」
答えた後に疑問が沸いた。
(言葉が通じてる……?)
何か得体の知れない仕掛けがあるのだろう――彼女が日本語を話しているはずが無いし、自分たちだってこの世界の言葉はわからない。
「コバヤカワ・タクマ? アサギリ・ヒサヤ? 呼びにくいな……まあそれはいい」
サリエラートゥは久也の心臓近くへと視線を移した。
反射的に身体が硬直したのは言うまでもない。
「……許せ。我々の集落は孤立しているゆえ、侵入者につい過剰に反応をしてしまう傾向にある」
どこか気取った声色だったのが、急に申し訳なさそうになる。
(心臓が美味そうなのか眺めてたんじゃなくて、さっき負わせた怪我を見てたのか)
安心した所で、返事をした。
「いや、はあ。あの状況だし、気持ちはわかるから、別に責めたりしないけど」
ここに来てからは動揺して呆気に取られてばかりで、怒るような心の余裕が無かった。謝られると拍子抜けして、元々あまり無かった怒る気が完全に失せる。
「そうか。少し考えたら、答えに至ったのだ。だからそっちのタクマには極力危害を加えないように手加減した」
「そうだったんだ! ありがとー」
「答えって何のことだ?」
何か重要なことを言われた気がして、久也は訊き返した。
するとサリエラートゥは真剣な表情になった。
「生きたままの『界渡り』が最後に現れたのは、二十年前だからな。お前たちがそうだとは、すぐには気付けなかった」
「ねえサリー、カイワタリって何? あ、サリーって呼んでいい?」
無邪気な拓真に面食らったように、サリエラートゥが仰け反った。
「あ、ああ。好きに呼べ。界渡りとはお前たちのように、異なる世界から渡って来る人間を指す総称だ」
「総称があるくらい、よくあることなのか。しかも……大多数は死んだ人間?」
「そうだ。ある条件を満たせば、この世界に渡るようになっているらしい」
巫女姫サリエラートゥは両手を広げてみせた。
「滝神さまの生贄となる為に」
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