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一瞬だけ、拓真は視線を逸らした。北の部族との会合の際に、毒矢でやられた戦士の一人はユマロンガの弟だったのだ。まだ十六歳かそこらの、ほんの少年なのに――。
対するユマロンガはうっと顔を歪めた。
「あのバカなら元気過ぎるくらい元気よ。鬱陶しいものよ。下の弟たちとまたバカやってるわ」
「そっか。ならいいんだ」
拓真はへらっと笑った。
(だって君の悲鳴がどういう風に響いたのか、今でも思い出せるから)
――とまでは言わないで置いた。
もういいかな、と思って拓真はミカテの一個をそっと指先で掴んで息を吹きかける。未だに熱すぎて何度も取り落としそうになった。
「…………でも、それもこれもアンタやヒサヤさんのおかげね。感謝してるわ」
腰の後ろに両手を組み、照れ臭そうに彼女は呟いた。
「え? あ、うん。おれより久也だね。酸素云々がわかって対応の仕方もわかったから……」
「サンソ? まあよくわからないけど、助かったわ」
ユマロンガの次の行動にはこれまた吃驚した。危うく、お菓子の載った葉っぱを膝から落としそうになった。
「……ユマちゃん……?」
彼女は両手で拓真の左手を握って俯いていた。
連日の家事のせいか少し肌がざらついていて、肉付きの良い手だ。力強くて、信じられないくらいに温かい。
その手ははっきりと震えていた。そして、声も。
「戦(いくさ)は嫌いよ。どんなに小さな諍いでも。父は昔、些細な揉め事の為に命を落としたわ。弟たちも、もしかしたらこれから無残に死ぬかもしれない」
「……そっか」
他に何と答えればいいのか、わからなかった。そうならないように頑張るよ、の言葉は喉に突っかかってしまう。
ユマロンガは地面に膝をついていた。震え出した小さな肩に、拓真は慰めるようにそっと手を載せた。
そして思考は不安の種の方へと向かう。
(英兄ちゃん、わかってる? たくさんの人にこんな想いをさせてるんだよ。たくさんの人が死ぬかもしれないんだよ。何も感じないの?)
両の民に戦を強要するだけの理由を持っているとは思えない。彼の口ぶり、振る舞いからは、私怨の炎しか感じなかった。
昔はあんなに良いお兄ちゃんだったのに。惜しいと思いながらも、心身ともに離れていた年月を埋めるのは不可能だと拓真は悟っていた。
(年月……)
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