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気が付けばユマロンガは立ち上がり、踵を返していた。涙を隠しているのだろうか、鍋の片付けに没頭していて振り向かない。
その間に拓真はまた以前の会話を思い返していた。
――お前には藍谷英が三十路ぐらいの歳に見えたか? 髪が払われた状態で見たらあの顔、もっと年上に見えたぜ。
久也の観察眼は何かを捉えていたのだ。それは、意味のあることのはずだ。
なので既に知れたことであっても再び訊ねてみることにした。
「ねえユマちゃんって幾つだっけ?」
「……何をいきなり。十九歳だけど」
「じゃあ、十年前に生きた界渡りが来たとしたら、覚えてる?」
「当前でしょ。そんなレアなイベント、新生児の耳にだって入るわ。無かったわ。十年前にそんなこと」
「うーん、そっか」
――十年前に生きた界渡りは来ていない、二十年前には来ている。それらの事柄を踏まえて、じゃあ藍谷英は「何年前に失踪して、何年前にこの世界に来た」のか? 案外解答は簡単だろ。
――でもさあ久也、前に立てた仮定と逆になるよ。
――いいんだよあれは。粘土板から読み取れる情報に間違いは無くても、視た映像に順番があると考えたのが間違いだったんだ。あの仮定は無かったことにしてくれ。
そこまでの会話を思い出して、拓真は知恵熱を出しかけた。心なしか耳から湯気が漏れている。
これ以上は今日は無理だと諦めて、大人しくミカテの素晴らしさに身を委ねることにした。バナナの甘味、もっちりとした食感、抜群の歯ごたえ。この料理の腕前だけで何度衝動的に「よし! 結婚してくれ!」と叫びそうになったことか。
なんとなく、口が開いた。
「女の子の十九歳ってもう結婚してる歳じゃないの」
それまでしばらく背中を見せていたユマロンガは機械仕掛けの人形みたいにキリキリと不自然な動きで振り向いた。その表情――
(――般若!? やば! なんか地雷踏んだ!?)
青ざめ、拓真はまだ手を付けていない最後の二個を葉っぱに包んで横の岩の上に避難させた。
そして切り株から腰を浮かせ、後退りした。
「……てた……」
「え、えーと……何でしょうか……ごめんなさいなんか知らないけどおれが悪うございましたすいません」
「――――してたわ、結婚!」
紅潮した顔で彼女は怒鳴る。思わず拓真は肩を竦めた。
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