20.美少女ご乱心

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「集落の一番西側に大きな家を建てた、体力があって狩りも得意な良い男だったわ! 親同士も納得した良縁だと思ったのに――アイツ、結婚しても浮気癖が治らなかったのよ!」 「は、はあ」 「二人目の妻を迎えるとか、たま?に誰かと遊ぶくらいなら赦してやったっていいわ。男だもの、それくらい当然でしょう。でもアイツ、あたしのことは絶対家から出さないように家族に見張らせたりしたくせに、自分は毎晩のようにどっか別の女を渡り歩くのよ!?」 「それは最低なクズ男デスネ」  そのまま素直な意見なのだが、たとえそう思っていなくても話を合わせるべきだと直感した。 「騙された、騙された! 何か月も我慢したけど、ある時頭に来ちゃって! ひっぱたいて逃げ出したのよ。もう一生の恥! あんなヤツ死ね! 死にたい! 殺してやりたい!」 「わー! ちょ、物騒な言葉が飛んでるけどー! 落ち着いてユマちゃん! せ、せっかくの可愛い顔が台無しだよ!」  どう宥めるのが正解なのかさっぱりわからなくてとりあえず手を振る。言葉が届くとは思えないが、かといって肩を揺さぶれるはずも無い。怒り爆発中の女性に触るのは絶対にいけない、これは経験談だ。 「男なんてバカばっかり! 何が『君の美しさはどんな花にも勝る。僕を飾る永遠のただ一つの花にならないか』よ! 『君が居ればもう他の女は要らない』よ! こんな過去があってもアイツにはこれからも女はいくらでも寄って来る。なのにあたしは男を縛ろうとして癇癪を起こした女として語られる。不公平、こんなの不公平だわ。でもいいの、夫なんて二度と要るもんか!」 「はい! ごめんなさい! 雄ですみません! 結婚なんて単語は二度と出しません!」 「今出したわね!」 「わー、ごめんってばー!」  それからの拓真は飛んでくる鍋や食器を避けるのに必死な数分を過ごした。  雨の所為で近所の人たちはこの騒ぎが聴こえていたとしても介入に来ない。仕方なく、互いにぐったりと疲れるまで走り回った。勿論、先に根を上げたのはユマロンガの方だった。二人は今度は数分の間、荒い呼吸が鎮まるのを待った。  その頃には雨の勢いは弱まっていた。  昼間なのに妙な静けさだ。そして周囲には白い霧がかかっている。 「また霧? 最近よく見るわね。特に朝」 「違うよ」  ただの勘だった。いつしか拓真は霧を凝視していた。
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