22.祭壇の間

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 振り返らずに彼女は立ち止まった。 「赤(レッド)い黄土(オーカー)って、何処で手に入るんだ?」 *  幾度となく出入りしてきたはずの洞窟の奥深くを、久也は今までにない緊張感をもって見つめていた。 (こういうのは理屈でごちゃごちゃ考えても始まらない。或いは、一度躊躇ったら二度と踏み出す勇気が出ないような気もする)  久也は正座の体勢のせいで痺れ出した足を自由な方の右手でさすった。  左手は、二十代後半くらいの歳の女性に固定されていて動かせない。女性は片手で久也の手首を握り、もう片手の人差し指で模様を描いている。  肌の上を滑る指の温かさと、赤い黄土から作られた塗料の冷たさが何やら落ち着かない。 「やはりどうするつもりなのか答えては下さりませんか」  耳元で、穏やかな声が静かに問いかけた。ここは洞窟の入り口付近であるため滝神の神力によって会話は格段に通じやすくなっている。 「……うまく行ったら、後でちゃんと話すよ」 「そうですか。では何をされるのかわかりませんけど成功を祈らせていただきますね」  傍らの女性ことアッカンモディの妻・ルチーは近くのお椀の中に時折人差し指を入れ、塗料をかき混ぜては指先についた量を調整した。そうしてまた作業を再開する。  現在、褌っぽい布のみ履いた状態の久也は黄土で全身に模様を描いてもらっている。  もうしばらくは身動きが取れないので、目の端でルチーの姿を盗み見ることにした。  彼女は短く切られた黒い巻き毛の上に赤いターバンを巻いた姿で、それが派手な花模様のツーピース衣服とよく合っていた。胸元は大きくV字型に開けていて、流れるように開く段入りの袖が凝っている。スカートの裾も二、三ほど段が入っている。歩く時の裾がヒラヒラ舞う様を見ていると何故か金魚のヒレを連想してしまう。着る者の豊満な肉体を最大限に強調したデザインのように思えた。  こういった手の込んだ作りの服は彼女が遠い南の実家から嫁入り道具として持ってきたらしい。南の部族は服を作るのが得意以外に、肌色が滝クニの人たちよりも濃いダークチョコレート色なのが特徴的だ。  やがてルチーは久也の背後に回って今度は背中に模様を描き始めた。 「わたくしに頼まれたのは何故です? 素肌を触られるならお相手は姫さまの方が嬉しいのではありませんか」 「……素肌って、何だそれ。誰が相手でも別に嬉しくはない」
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