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「あら? そうなのですか……?」
おほほ、と含みのある笑いが聴こえる。
(この人こういうキャラだったんだな)
苦笑した。確かに、塗料さえ無ければ女性に触られている感触はそそるものがあるが、緊張が邪魔してそれどころではない。
「巫女姫は集落の行方不明人問題で忙しいし――」
――きっとサリエラートゥは、久也がどうしてこうしたいと考えるのか理解できない。この集落の民は、先代や先々代より受け継いだ伝統から逸れようとは考えないのである。新しい試みをする意味が見出せないのだろう。
神さまと誰も話をしたことが無いのならこれからもする必要は無い、生贄を捧げる儀式に用いる道具はそれ以外に用途が無い――。
「そうでしたね。次、立って下さいな」
言われた通りに久也は直立した。
臀部や脚にまで指先が走る感触は流石になんとも言えない心持ちになる。気を紛らわせる為に口を開いた。
「アンタはよくこういうことしてるんだろ。上手くて速いって勧められたから、頼んだ」
「ええ、アァリージャに聞いたのでしたね。戦士たちの戦(いくさ)模様や姫さまの儀式模様も、何でも手掛けますわ。とてもやりがいがありますもの」
うふふ、とルチーの楽しげな笑い声がする。膝裏に吐息がかかったような感覚がして、震えそうになった。
(危ない)
大きな動きをすれば模様が歪んでしまうのに――からかわれているな、と久也は確信した。
残るは脚の表側だけとなった。
「黄土の色は大地の色。滝神さまが潤す地と繋がっている証……戦に向かう者には太陽と同じ力強い黄色を、そして滝神さまとお会いする者には血の深き色を……」
ルチーが静かに唱えた。
その黄土はかき集めた後に欲しい色素と不純物を選り分け、残った小石を細かく砕いて擂(す)って油を染み込ませてから、初めて塗料になる。本来なら儀式に臨む本人が最初から手順を全てやるものらしいが、時間が惜しかったので今回はルチーが以前作った分を使っている。
彼女は正面にまた回り込んで手際よく仕上げた。
「終わりましたよ」
「ありがとう」
「ではわたくしはこれで。どうぞごゆっくり」
持ってきた道具はお椀だけなので片付けはあっさり済んだ。
ルチーの後ろ姿が滝のカーテンを避けて消えるのを見届ける。
「いよいよ……か」
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