22.祭壇の間

4/5
前へ
/217ページ
次へ
 誰にともなく呟き、久也は再び洞窟の奥を向いた。何度も行き来している内にこの闇を恐ろしいと思わなくなっていたはずだった。むしろサリエラートゥのように、松明が無くても歩を進められるぐらいには慣れている、はずだった。  だが祭壇に向かう前に一つやらねばならぬことが残っている。  洞窟の壁際に置いてあった物を回収した。まずは骨製ナイフ。次に小さな木でできた酒瓶を手に握り、栓を抜いた。腐った樹木みたいな臭いが鼻孔を占める。無意識にたじろいだ。  迷っていても仕方がない。  久也は一気に瓶の中身を飲み込んだ。 「ぐっ」  喉が焼ける感触が、遅れて液体の進んだ道を追った。  味に関しては言葉に表せない。複数のベクトルから責め立てられている不味さだ。何度か噎せた。しかしやっと喉が落ち着いても、例の悪臭は嗅覚にまとわりついていて離れない。  これは巫女姫が儀式の前に飲む酒と同一の代物だ――材料や成分は不明だが、飲めば否が応にも精神が統一されるらしい。  すぐに久也もその効果を覚えた。自分の知る範囲の経験で説明するなら、カフェイン剤から得る集中力が酒から得られるリラックス効果と合わさり、そんな中で熱に浮かされた時のように頭の後ろがぼうっと温かい。  一歩、闇の中を踏み出した。  次の手順は、この酒の効果が最大に達するまでの間、己が滝神に捧げる唯一の「想念」を磨き極めることである。  巫女姫の場合のそれは「生贄を捧げる」だ。  強く想う内に身と心はトランス状態になり、滝神と通じて作業を行うことになる。 (俺の望みは神との一体化じゃない。滝神と通じやすい精神状態になるのと同時に、自我を保つ必要がある)  よく知った暗闇の中を久也はひたすらに歩いた。  集中力が高まっているのに、五感が曖昧になる手応えがあった。  意識が醒めながら眠気が強くなる、そんな矛盾した感覚だった。 (もしかしてこれは……肉体という殻を捨てて精神だけの存在になるみたいな何かか……?)  古来より宗教や哲学には肉体を捨てた魂だけの存在を人間の最終目標みたいに扱うきらいがあった。 (だけど幽体離脱してるんじゃないし、多分死ぬんでもない。これはこれでトランス状態か)  考えれば考えるほどにわけがわからなくなってきた。  もう余計なことを考えるのは止めよう。  そう決断して、ただ歩いた。 (会いたい)
/217ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加