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鍾乳石を全て巧みに避けつつ、進んだ。
(会って、話がしたい)
空気の流れが変わったような気がした。祭壇が近い。
(俺はこの集落を生かす滝の神に会う)
その時、祭壇の左右から炎の柱が立った。
着火する物をまだ手にしていないのに、距離は五メートルは離れているのに、祭壇を挟む松明立てに火が点いたのだ。その異常性に、久也は気付かない。
額から垂れる汗の粒にも気づかない。
(滝神に会う)
祭壇の前に出る。
祭壇の真ん前には底なしに深い穴が三つあるが、その中心の穴の奥には台がある。洞窟の天井から滴る水が浅い皿に溜められている。
穴を踏み越えて台の前に進み出ると、久也はそっと片手を皿に入れた。
指に付いた水を舐めとると、彼はくるりと後ろを向いた。
ゴテゴテに装飾された骨製ナイフを右手に取り、研がれた刃を左腕に当てた。
当てたまま、数秒が過ぎた。
(会って、訊くことがある)
こうすればいいのではないかと思い至ったのが何時なのかは忘れた――
<ササゲヨ>
頭の中に響くそれが誰の声かはわからない。
或いは世界の境界を越えた日に最初に視た夢が、また意識に浮上して来たのかもしれない、が。
――ぴちょん。ちょん、ぴちょ。
天井から落ちる水が皿の水と一つになる。
気が付けば右手に力を込めていた。
それに続いて左腕に赤い筋が浮かんだ。
そのまま厚さ数ミリほどの肉を削いだ。
痛みは感じない――
削いだ肉が穴に落ち、闇に飲み込まれる。
――ザアァッ。
浅い皿の中の水が動いた。
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