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「わらわが叶えてやれる望みの大きさは生贄の量と、わらわの力を内包している度合い次第じゃ。『界渡り』であるそなたが払った血肉の代償に対して、答えてやれる質問はおよそ三つまでかな。遠慮なく問うが良い。時間が惜しいぞ」
「三つか……」
久也は水でできた幻をまじまじと見つめながら考えた。生贄候補であるだけに――滝神の神力を糧に育って来た人間ではないから、小さな代償も効果が大きいという意味だろうか。集落の民ならば、もっと大きな代償を払わねば滝神と謁見できないのだろうか?
酒の効果がまだ残っているので、思考は晴れ渡ったようにクリアだった。息を大きく吸い込み、質問を形にする。
「まず一つ目。俺と拓真が元居た世界とこの世界は一方通行だと聞いたが、戻るのは不可能なのか?」
余計な前振りは必要ない。一番知りたかった答えを――自力では得られなかった答えを――滅多と無いこの機会を最大限に利用して得なければならない。
それがどんな答えであっても、耐えられる。
滝神の幻影はぐっと眉根を寄せた。
「…………方法が、無いわけではない」
「帰れるのか!?」
素っ頓狂な声が喉から出た。
そんなまさか、ずっと諦めねばならないと思っていたのに――
(今になって手に入るかもしれない、だと!?)
動悸が速まる。己の心臓の音が、頭蓋骨の中でこだましているような錯覚さえ覚えた。
しかししばらくして期待感が萎み始めた。滝神が、ひどく悲しそうな顔をしたからである。サリエラートゥの姿でそうされると、何故か自分も悲しくなってきた。
「能動輸送」
「は?」
「この単語なら、そなたに伝わりやすいのではないか」
ぽつりと滝神が呟いた。気を遣って、久也の語彙力に合わせたらしい。
(能動輸送って、生化学かよ)
境界の向こう側に置いて来た知識だが、現在の集中力であれば難なく思い出せた。
確か、生物の細胞の内外を隔てる細胞膜と関連している。
物質の流れは常に濃度の高い方から低い方に向かって自然に起きる。必要な物質を取り入れたい際に、膜の外側の方がその濃度が高いなら、チャンネルを開くだけで勝手に物質は中に入ってくる。そうして必要な分だけ取り入れた後、チャンネルを閉じれば済む話だ。
細胞膜の場合、その種の物質透過は自然に起きるがゆえに、余分なエネルギーを必要としない。
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