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蜃気楼が祭壇から降り、久也の左腕に顔を近付けた。幻の舌を伸ばし、傷口を舐める。何やらくすぐったいような気がした。触れられた「舌先」を構成する水が徐々に赤く染まっていく。
出血は止まるどころか悪化した。洞窟の中に居て、神力を与えられるよりも奪われていると言えるような状況は、初めてだった。
頭の奥で燻る熱が、更に熱くなっていく。
「なにゆえ今それを訊くのじゃ。他に知りたいことはあろう?」
「ほぼ好奇心だけど、突き詰めれば、俺と拓真の将来に関わってるからだ」
「ほほう」
顔が逆さになりそうなくらいに首を傾げる滝神が、「喉」を鳴らして笑っていた。
(水なのに、人間の真似が巧すぎてキモい……)
と、口に出しては言えない。
そうしている内に滝神である水の塊は皿の上に戻り、脚を組んだ。
「神は、長きに渡る人間の畏怖の念や敬う気持ちが一箇所に蓄積された結果、誕生する。わらわの場合はその一箇所が滝だった。そうして生贄という代償を以て世界の仕組みに干渉する権限が託された、とでも言えば良いかな」
「仕組みに干渉する権限……」
「逆に恐怖や不安の念に影響されて誕生したのが人魚だが、その話は今は省こう」
「へえ……東洋の妖怪みたいだな」
何故か妙な親近感が沸く。しかし権限を託したのが何者なのかまでは、話に上らない。
「わらわが仕組みに干渉するのは、民が望み、わらわが承った時のみじゃ」
「両方の同意の上でってことは、片方が嫌がったらどうもならないってわけか」
これは意外な事実を知った、と久也は感心した。
「相違ない。民の望まぬ変化をわらわはもたらせないし、わらわが承諾しない望みは具象化されない」
「ってことは……待ってくれ」
久也はこめかみを押さえて考え込んだ。
滝クニに来た当初、滝神とは民の生活を支える為にだけ存在するシステムだと勘違いしていた。民が生贄を捧げ、神力が生命に循環して生活を潤す、そしてそのプロセスを円滑に進める超常的存在が滝神。
だが本来の神にはそれ以上の機能、世界の仕組みそのものに干渉する能力があると言う。
(普段使われていないだけなのか? 今の時代は誰も知らないだけかもしれないが……それとも仕組みに干渉するには毎回代償が大きすぎる?)
考え進める内に一つの問題に行き当たった。
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