24.死者に逢わせる花

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 落ち着いた声が問いかける。見上げるとそこには集落を代表する戦士三兄弟の次男、アッカンモディの気遣う表情があった。いつものような全てを包み込む微笑みでなくとも、不思議とこの顔立ちを目にすると心が落ち着く。頭痛までもが和らいだ気がした。三度もゆっくり呼吸してみれば、眩暈が収まった。  アッカンモディはさりげなく手を差し伸べてきた。 「血色に青みがさしています。そんなこともあるのですね、初めて見ました」 「これは『顔色が悪い』って言うんだよ、モディ」 「顔の色に良いも悪いも無いのでは……? そもそも変化しうるものだったとは知りませんでした」 「あはは、こっちの人たちは変わってもあんまりわからないよね」  元々の肌色が濃いがゆえに、顔色が悪くても頬に熱が集まっていてもわかりにくいだろう。 「ごめん、ちょっとぼーっとしてた。もう大丈夫だよ」  何か大事なことを忘れている気がしないでもないが、とりあえず拓真は差し伸べられた手を取った。 「では、見て欲しい物があるのですが、いいですか」 「うん。何か見つけた?」 「こちらに」  そう言ってアッカンモディは拓真の手首を掴んで先導した。そうでもしなければ簡単にはぐれてしまいそうなので助かる。  視界は瑞々しい緑色に埋め尽くされていた。大げさな表現ではなく、本当に緑以外には何も見えない。  数時間前に拓真は巫女姫サリエラートゥの指示で捜索隊に加わり、集落から失踪した人間の痕跡を追って北進した。そしてこの地――成人男性の身長すらをもゆうに超える長い草が生い茂っている一帯――に辿り着いた。ここから先には例の沼沢林がある。あの辺りまではまだ、滝神の恩恵を受ける地域だ。  更に北上すれば北の部族の領域、つまり現在の集落民や拓真にとっては未知の世界が控えている。  もはや失踪した人間の去った方角が北である事実には誰も驚かない。 「この足跡を見てください。解せないものがあります」  肌を撫で付けるしなやかな草むらが途切れ、視界が少しだけ開けた。アッカンモディは岩の傍にしゃがんで土の窪みを指差した。まず、一つ一つの足跡の進む方向がバラバラなのを指摘した。加えて、誰かに運ばれたり、引きずられたり、抵抗した跡が無いと言う。  拓真も一緒になってしゃがんだ。足跡に一つずつ指先で触れてみる。 「自分の意思で出て行ったってこと……?」 「そう見えます」
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