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「クファモルタナロンベ。川底に咲く、幻のような珍しい花です。すりおろした花びらを酒に混ぜて飲むと、長らく会っていない人間、特に死に別れた相手が夢に出ると言われています。ゆえに、『死者に逢わせる花』と呼ばれます。そう言っても我々は人魚を怖れて川底まで潜ることなどありませんから、たまに岸に流されてくる花しか調べたことはないです。新鮮な花となるとまた威力が違うかもしれない」
「その延長で、燃やせば幻覚剤になるの?」
「聞いたことはありませんけどきっとそうなのでしょう。死者を追い求める人の心を利用した、なんと悪辣な策か」
男は怒りに歯を噛み合わせた。
一方、彼の話を聞き終えて、拓真は叩かれたような衝撃を覚えた。
(……あ! 何で忘れてたんだろう。さっきぼーっとしてた間に見たのって、朱音ちゃんの部屋……!)
煙の影響で、自分も長らく会っていない人間の幻に触れたのだろうか。そう考えるのは自然な気がするけれど、どこか納得が行かない。
幻の中の朱音からは返事があった。拓真の知る限り、それは過去の出来事の一片ではなかった。ついて来るように、と朱音は惑わす言葉を発したわけでもなかった。
あの驚愕の表情や呼び声に、うそ偽りは全く感じられなかったのだ。
だとすれば、一体なんだったと言うのか。
「アァリージャ、しっかりしろ」
脈絡なく横からアレバロロの声がした。そっちを振り向くと、呆然と視線を彷徨わせる弟を兄が揺さぶっている。
数秒後、アァリージャの目の焦点が再び合った。
「兄者! 兄者! おかしなものを見たぞ」
アァリージャが広い鼻からしきりに息を吹き出している。
「落ち着け。おかしなものとは何のことだ? まさか幻覚を見せる煙が残ってたのか? いや、そんなはずはない。他の人間は平気だったからな」
「兄者、おれは今まで起きていたであろう」
「ずっと目を開けて立っていたのなら起きていたでしょう。何です?」
隣のアッカンモディが微笑んで答えた。
「見たことのない風景を見た」
「リジャ、その話もっと詳しく!」
拓真はすかさず食いついた。まさかとは思うが自分の経験と同じだったとしたら――。
「う?ん、四角い大きな物が並んでいた。その四角の中心にもまた長い四角があって……それがパタパタ開いたり閉まったりするんだ。四角の向こうからは声がした」
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