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けれども北との本格的な戦に発展する未来が来るなら、もう少し変幻自在な戦略を考慮した方が良いだろう、とも思う。
「ひさやー、ひさやー。起きなよ」
椅子を傾けて、投槍器の先端で寝ている友人を突いた。直接手で揺り起こすには、椅子の位置が微妙に離れ過ぎていた。ベッドのすぐ脇の床にも寝床が敷かれていて、それを踏まないようにしているからである。
しばらくして、小さな呻き声が聴こえた。
「……どこだ」
第一声がそれだった。声の調子からして意外と冷静そうである。
拓真は軽やかに応じた。
「ルチーとモディの家。んで夜だよ。やっほー、寝覚めはどう?」
「なんか言い争う女二人に板挟みになってた夢見た……」
「案外、それは夢じゃなくて現実かもしれないよ」
げっそりとしている久也に、拓真は笑って返事をした。それから巫女姫やルチーに受けた簡易的な説明を語った。
「なるほど、あの人が連れ帰ってくれたのか。俺の居場所を知ってたのもあの人だけだったしな」
「ねーねー、洞窟で何してたの? 何で自傷したの」
好奇心に耐え切れなくなってざっくりと訊いたら、次の返事までに間があった。
「…………自分でやったって、よくわかったな」
「腕の内側ってなかなか襲われて傷つくもんじゃないよね」
「そりゃそうだ」
「あ、起き上がれそう? ルチーねえさんにできれば久也を引き取ってくれって言われてるんだけど」
そう訊ねると、衣擦れの音がした。どうやら上体を起こしたらしい。
「まだ頭フラフラするけど、歩けないこともない」
彼は傷の痛む痛まないについては何も言わなかった。部屋に溢れる濡れた薬草の臭いからして、きっと応急処置は施されたのだろうと察した。
「だったら肩貸すから、うち帰ろうよ」
「それはいいけど。この家裏口があるか?」
「あるよー。料理とかは大体裏庭でやってるみたいだし。何で?」
「なんとなくサリエラートゥとは顔を合わせづらい」
「ふむん? 話し声がするからまだ表に居そうだね。いいよ、裏から出よう」
いつの間に名前を呼び捨てにするようになったんだろう――と内心では不思議に思いながら、拓真は椅子から腰を上げた。
*
そして無事に家に帰り着いてから二人はそれぞれの寝床につき、情報交換に勤しんだ。
「朱音に会ったって、一体全体どういうことだよ……」
貧血気味の頭がうまく回らないらしい久也が悔しげに吐いた。
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