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彼が言葉を探っていた間にはもうユマロンガは中に入っていた。パームの藁で編まれた屋根からは陽光が漏れて入り込んでおり、十分に周りを見回せるほど明るい。
「散らかってて、ごめん」
「い、いいえ」
「この、箱、の上……置いてくれ」
導かれるままに、部屋の隅の木箱の上に盆を置いた。そこに至るまでに、床をほぼ覆い尽くす布切れの山をいくつか踏み越えねばならなかった。散らかっているなどというのは事実を軟らかくした表現だった。
(やっぱりちょっと不気味な人)
このヒサヤという青年は、仕立て屋が捨てる布切れを定期的に持ち帰っているらしい。確かに綿布は遥か南の部族から賜っている貴重な品物ではあるが、どうも本来の使い方とは違った用途にあてがっているとの噂である。
その噂によれば「文字」という妙な物を使って情報を集めたり整理したりしていると言うのだ。なのにユマロンガには足元の布の上に連なるごちゃごちゃとした曲線や直線が、他部族が使えるという「黒魔術」か「呪術」の類にしか思えなかった。
突き詰めればどれも未知の存在であるがゆえに、どれだったとしても自分には同じに見えるのである。
「それじゃあ、どうぞ食べてね」
そう声をかけてから、彼女は献立を事細かに説明した。そうしないと食べてくれないかもしれないのはわかっている。もう一人と違って、ヒサヤは食べ物に対して警戒心が強い。魚や鶏や山羊は食べるのに、一体何が気に入らなかったのか、ヤマアラシのシチューを出した日には一口も食べてくれなかった。全くもって、界渡りの物事の基準は謎である。
「ありがたく、食べさせてもらう」
と彼は答えた。
(さて)
食事だけ置いて帰っても良かったけれど、ユマロンガは敢えて居座ることにした。食器を回収するという口実がある。
ヒサヤが黙々と食べている間、自分は腰を落ち着ける箇所を探し求めた。やがて、住人二人のどちらかの寝床の縁を選び、膝を揃えて座った。
(この寝床、まるで主が飛び出してったみたいに、掛け布が乱れてる)
もしかしたらと思ってもう一つの寝床を見比べると、あちらはちゃんと敷き布も掛け布も折り畳んで一箇所にまとめられている。そういう習慣でもない限り、きっとこっちの寝床は何処かへ慌てて出かけたアイツの方の――。
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