26.フリーフォール

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 それに比べて、異世界の青年たちは面白いくらいにどんどん行動範囲を広げている――ヒサヤの食への態度は別として。 「ねえ、あなたたちは、不思議ね。どうして知り合って間もない人間の為に、命をかける気になれるの」  気が付けばそんなことを訊ねていた。 「それは是非私も聞きたいな」  唐突に入口の方から若い女性の声がした。 「姫さま!」  滝神の巫女姫が、一束にまとめた美しい髪を揺らして無遠慮に踏み込んできている。床の上の布を押しのけて、立つだけの場所を陣取っている。 「げっ」  何故かヒサヤは目に見えて怯んだ。まるで発酵しかけたピリ辛ソースを誤って口にしてしまった人間の表情のようで、可笑しい。が、次の瞬間には元の気難しそうな顔に戻った。 「知り合って日が浅いと言っても、情が沸くだけの濃い日々を過ごしてきたといえば過ごしてきたけどな」  青年の言葉が急に流麗になった。きっと母語に切り替えたのだ。姫さまがいらっしゃることで、神力の効果に頼ることにしたのだろう。 「単に、他に誰もいないからだろ」 「他に誰もいないとは、どういう意味だ?」  巫女姫が食い下がる。 「ここには血縁者も元々の知り合いも居ない。だったら、新しい知り合いに心が移るのは当然だ。別に俺も拓真も、孤独死したいとは思ってないし、心を閉ざしたり周りの親切を拒絶し続けてたら疲れるだけだ。幸い、アンタらはもれなく親切にしてくれたからな。一人ぐらいは嫌なヤツに会いそうなもんだったのに、でも考えてみれば、騙し取るような財産も持ってきてないんだった。悪意で接するメリットねえな」 「そ、そう……騙すって……」  苦笑いと共に、ユマロンガは揃えていた足を少しだけ崩した。  母語に戻った途端に饒舌になったヒサヤは、見た目通りに難儀な考え方の持ち主だった。そこに、巫女姫は反論を繋げた。 「実際そんなあくどい奴は居なくても、お前たちはこんな問題、見過ごせばよかったはずだ。我々だけでも北の部族と戦える。大体、聞けばあの長はお前たちと同郷だと言う――」 「まあ、俺らは多分そんなに器用じゃないんだよ」 「……器用?」 「腎臓移植に同意した時、言われた。本当にこれでいいのか、いつか結婚して自分の家庭を持って、その人たちが病気になって移植を必要とした時の為に取っておく選択もあるって。でもそれはなんか、違うと思った」
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