6人が本棚に入れています
本棚に追加
「そういえばお前の腎臓は片方、妹にやったのだったな……」
「遠い未来の『いつか』じゃない、今目の前で助けを必要としてる人がいるなら、何を迷う?」
ヒサヤがスプーンで短粒米の入ったお椀をコン、と叩いた。それきり部屋の中がしんと静まり返る。
巫女姫は口元を引き結んで、これもまた随分と気難しそうな顔になって黙り込んだ。
その静寂の中でユマロンガは息を飲んだ。
目の前に助けを必要としてる人がいるなら――そうだ、そこで手を差し伸べるのは人として当然の行いであるはずだ。ましてや、相手が生活を共にしてきた仲間であるなら尚更のこと。
(血の繋がった家族だけ助ければいいなんて言う人もいるけど、あたしはそうは思わない。隣人は大事にするものよ)
気味が悪いなんて思ってごめんなさい、とユマロンガは心の中で謝っておいた。なかなかどうしてよくわかっている青年ではないか。
「とにかく、拓真のこと気にしてくれて、ありがとうと言うべきか。なんか、心配ばっかりかけてるみたいで悪いな」
「え? 別に大して心配なんてしてない……してないけど。どこかでヘマやりそうでね。一つのことに熱中しすぎてうっかり大事なトコで足滑らせちゃったり、そんな気がするのよ」
「否定できないのがまたなんとも……」
ヒサヤは苦笑で応じた。
否定して欲しかったのかはわからない。してくれてもきっと心は休まらなかっただろう。ユマロンガはやはり微妙な気持ちのまま、あのへらへら笑ってばかりの、色素の薄い青年の身を心配するのを止められなかった。
*
自分に関してそんな会話が交わされているとは露知らずに、小早川拓真は谷の側面を滑り落ちていた。
ふと、胃の中身が持ち上がるような感覚に襲われた。斜面が切れ落ちたのだ。足元から世界が崩れ去ったかのような喪失感を覚えた。
(命がけの自由落下再び!?)
最初にこの世界に来た日の記憶が呼び覚まされる。しかしあの時は世界の境界を超える前に意識が途切れたのが救いだった。
今回ばかりは、落ちても落ちても終わりが来ない――!
(この谷は地獄に繋がってるの!?)
息が苦しい。涙が出る。髪が風に引っ張られて痛い。
周りはいつの間にか真っ暗で何も見えない。いや、視覚がぶっ飛んでいるだけの可能性もある。
(ヤバイ。走馬灯が見えそ――)
――ドサッ。
最初のコメントを投稿しよう!