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覆い被さる大きな陰。
流れる空気から熱と重量が伝わった。
避けろ――――!
「いっつ!」
助走をつけたスライディングで精一杯横に逸れたつもりなのに、右肩は強烈な打撃を受けた。
怪我の具合を確かめる余裕など欠片も無い。起き上がる余裕も無い。
豹は反転して再び飛びかかってきた。
なので拓真は左手を全速力で動かした――
どぶり、と鈍い音と共にそれは刺さる。
「ロオオオオオン!」
怒りと苦痛の咆哮が真上から響く。
いつの間にか手に握っていた槍の穂先は、十分な手ごたえを得られたようだ。
(はやく、はやく。どっか行けっ! 行け! 行って下さいお願いします!)
血飛沫の熱も槍から伝わる痙攣も不快だったが、目を閉じることはできなかった。
ただ祈るように左手に力をこめた。両手が使えれば良かったが、右腕が全く動かないのである。飛びかかられる拍子の重力が無ければ、きっと的に刺さらなかっただろう。
温かな血液が槍から滴って拓真の手を、腹部を濡らしていく。濃厚な鉄の臭いに眩暈がした。
「おねがいです。見逃して下さい。おねがいです」
願いはどうやらどこかへ通じたらしい。
豹は噛み付いたりせずに後退している。どこか怯えた様子である。人間を怖れを見せるからには、何か苦い思い出があるのかもしれない――。
かと言って、逆上してこれまでの倍以上の攻撃性を以て再度襲ってくる可能性は消えない。手負いの動物は常に要注意だ。
(たすかった。逃げよう)
なんとか立ち上がり、豹の双眸が浮かび上がる方角の真逆を進んだ。最初はふらついていた足元も、徐々にちゃんとした走りに変わる。
二者択一であったはずなのに、結局自分は逃げようとしたのか、戦おうとしたのか、拓真自身にも定かではなかった。
(滝神さまのご加護だったならマジありがとう過ぎる。おれの内臓で良ければいつでも差し上げるから)
ひたすら走った。行き先はわからない。わからないが、離れなければならなかった。
致命傷を負わせられたとの直感はあるものの、奴が完全に息絶えるまでにまた襲って来ない保証などどこにもなかった。
(噛まれたりしたら、終わる。傷薬も失くしちゃったし)
どう考えてもこれ以上の怪我からは持ち直せる気がしない。それ以前に、現時点で抱えている傷も、このまま放っておいて平気だとは思えない――
挫いた方の足から急に力が抜けた。
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