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無駄な抵抗だとわかっていても、拓真はその下顎を殴ろうとした。人魚は向けられた拳を容易く避ける。構わずにもう一発殴りかかろうとした、その時。
刺されたような激痛が肩にもたらされた。自身の貴重な血液が視界を赤く染める。
(なんなんだよー!)
振り返る前になんとなく予想がついていた。
敢えて振り返ってみると、自分の人生がついに終わるのだという疑いようのない状況が迎え入れてくれた。
人魚は一匹ではなかったのだ。それどころか、この場所だけで十匹近く集まっている。
たくさんの橙色の視線に射抜かれて、疲れと諦めが手足を満たした。全ての抵抗を止め、ダラリと四肢を意識下から解放した。
(溺れながら食い殺されるエンドか……むごいなぁ。ごめん久也、おれもうここまでみたい)
運命共同体である青年を真っ先に思い浮かべ、それから遠い故郷での祖父母にも心の内で謝っておいた。あまり心配していなければいいが。祖父は今でも毎朝テレビ観ながら太極拳を嗜んでいるのだろうか。祖母は今でも日替わりカレンダーにプリントされた名言を毎日ノートに書き留めてから前の日のページを破り捨てているだろうか。
(サリーも心配してくれるかな。ユマちゃんの料理もう食べられないのは悲しいな……)
己の血に世界が染まる中、集落で出会った人間を順に思い浮かべ、今日まで過ごしてきた日々に想いを馳せた。それは心が温まる時間でもあり、同時にたまらなく切なかった。
(……ん?)
ふと気付く。
(おれを捜しに戦士たちも谷を降りるよね、きっと)
今度は同じ失敗を繰り返さないように縄をもっと慎重に扱うだろう。豹に遭遇しても余裕で倒せるかもしれない。その後は? 水辺は、集落の民にとって鬼門。それでいてこの人魚の数だ。
追って来られると危ない。
かと言って地べたを這って虫の息になってでも彼らに警告を伝えに行ける可能性はあるだろうか。もう気が遠くなってきているのに――
なんと、そこで異変が起きた。
最初に肩を噛まれて以来、あちこちに噛み付いてきていた人魚たちが、身を引いていたのだ。互いの姉妹にでも順番を譲っているのかと思えば、そうでも無さそうだ。人魚たちは各々苦痛の表情を浮かべている。
(よくわかんないけど、チャンス)
蛇も離れている。拓真は重くなっていた瞼を必死に見開き、泳ぎ始めた。
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