28.あまりに不味いので

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 ボロボロの身体に鞭打って、ゆっくり立ち上がってみる。コン、と足が小気味のいい音を立てて何かに当たった。目線を足元に落とすと、そこには自作の投槍器(アトルアトル)が二本の槍と共に落ちていた。  きっと先ほど尻餅をついた拍子に落ちていたのだろう。拓真は誠心誠意、神に感謝した。 (これならいける。チャンスは、たったの一度だけど)  槍が二本あっても、一本目を外せば二本目を投擲する機会など来ない。拓真は己の運も能力も過信していないし、手負いとはいえ野生の豹を過小評価する気も無かった。  じっと豹を見つめている内に、向こうが茂みから踏み出てきた。歩みは随分と緩慢で苦しそうだ。  拓真は投槍器に槍を設置して頭上に構えた。 (ごめん)  今更謝っても仕方がない。罪悪感は残っても、絶対に目を逸らしたり瞑ったりしてはいけない瞬間だ。  豹が走り出した。物凄い威圧感だ。  ――怖気づくな。眉間を狙え!  何百何千回と練習してきた動作を繰り出した。  槍はほとんど狙った通りの軌道を辿ってくれた。だが最後の最後で豹の動きに誤差があったのか、槍は眉間の代わりに眼球を貫いた。  ――断末魔が響く。  心臓が踏み潰されていると錯覚するような、悲痛な咆哮だった。耳を塞ぎたい衝動を堪えた。  再び静まり返った頃、拓真は重いため息をついた。奪ってしまった命に対する申し訳なさと感謝がない交ぜになる。 「これでご満足デスカ」 「うむ。ワニよ、取って来い」  人魚たちは当然のように食物連鎖の最上位捕食者(エイペックス・プレデター)をパシらせている。末恐ろしい。 「君たち普段はどうやってごはん獲ってるの」 「ワニか蛇を行かせておる」  人魚たちも岸に上がり、大型爬虫類の顎から豹を受け取っている。ペットの労働を労ってのことか、肉も一片与えた。  この辺りからは動物番組の捕食映像がお遊戯に見えるくらいの凄惨な場面になった。ので、拓真は地面へと視線を落とした。目を逸らしたかと言って音や臭いは消せないが。 「そのヒョウさ、おいしい?」 「美味じゃぞ。滝から離れたこの地の水を飲んでいただけにな」 「結構大きいでしょ」
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