29.奈落に通じる

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「いけません、巫女姫はあなたさましかおりませんのだ」  そのまま論争に発展した。  拓真は喧噪に構わずに手を伸ばした。ひんやりと濡れた岩肌に、得体の知れないぬめりを感じる。  奥からは切なげな水音が遠く響いている。 (英兄ちゃん……同情するよ。ううん、同調してしまう――)  谷底で尋常ならぬ日々を過ごして、人が変わってしまったのだと、わかっている。  彼はただただ、か細い正気を手放さぬように必死だったのだ。  わかっていても、許すという選択肢はきっと何処にもない。女性をこの闇に誰よりも先に踏み込ませるのもあり得ない。  何故なら――  トンネルからは死の臭いが漂っていたからだ。
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