30.山なりに

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 久也は集落を発った人間に想いを馳せた。朝あんなに殺気立っていた戦士の連中は、どこまで行ったのだろうか。後に出た巫女姫たちも無事合流できただろうか。  特にサリエラートゥが気がかりだった。  人の上に立つことを余儀なくされている少女。彼女の愚痴を一度聞いてしまった以上、気丈に勇敢に振る舞っていても心の奥底では責務に押し潰れそうになって怯えているのではないかと疑ってしまう。それはよく考えてみると結構失礼な見方だろうに、不思議と得心が行った。  だからと言って、傍に居ても何もしてやれないが。 「拓真も、変な正義感に駆られて自己犠牲に走ったりしないだろうな」  ありうると思うからこそ気が重くなる。そしてやはりその点に於いても、何も手助けしてやれることは無い。  適材適所と言う表現がある。己にこそできることを探すべきだ。そう割り切っていても、最近では探す気力が低下している。 (この俺が考えることに疲れるとは。らしくない)  立ち上がり、ちょっと渇を入れようかなと滝に頭を突っ込んでみる。冷たさに息を飲んだのは一瞬で、すぐに髪の濡れる感触、耳の周りを水が這う感触が快感にすら思えてきた。 「……――ちゃん、お兄ちゃん!」  ふと、必死な少女の声が全身を打った。どこから声がしたのかは知れない。 「何だァ? 朱音の幻聴が聴こえるなんて今日の俺は相当キてるな」  滝から頭を引き抜き、顔を右手で覆って嘲笑した。  耳に水でも入ったのだろうか。いや、入ったからと言って幻聴が聴こえたりはしないはずだ。 「幻聴? 違うよ! お兄ちゃん! こっち見て」 「……………………返事をした、だと」  素早く顔を上げた。時を同じくして、空がカッと明るくなった。  流れ落ちる滝の水のカーテンの中に、黒髪を左右にツインテールに縛った、中学生くらいの少女の輪郭が映し出されていた。しきりに揺らぐ媒体の中には、妹のあどけない顔、腰辺りまでの部屋姿が確認できる。 「ふざけろよ」  遅れて雷が轟いた。  人は信じられない状況に面してしまうと、たまに怒りで応じるらしい。  そういえば拓真とアァリージャも向こう側の幻を見たと言うのだから、自分が見る可能性だってあると予測すべきだった。 「その噛み付きそうに不機嫌なカオ、やっぱりお兄ちゃんだ! なんで!? どこにいるの? 拓真お兄ちゃんも一緒? この前もチラッと窓に見えて――」
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