30.山なりに

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「窓? そういえば背後の部屋のアングル……今鏡に向かってんのか」  察するに、鏡や窓や水が映像を映し出す媒体であろう。まさかこの音声は水から出ているのか? そんなバカな。 「そうだよ。いきなりお兄ちゃんが映ってて吃驚した! すっごい心配したんだよ……お母さんも……」 「ストーップ! 今泣かれても頭撫でてやれないから。頼む」  手を挙げて、雪崩れ込むように想いを吐露する朱音を制した。言われるがままに少女は目を見開いて硬直した。 「う、うん。ごめんね」 「いや、お前の所為じゃない。怒鳴って悪かった」 「ううん。ねえ、ホントにそこどこなの? 岩しか見えないけど……お兄ちゃん、ちょっと痩せた? 失踪した後に何があったの」 「話せば非常に長くなるから今は無理」  どれくらいの時間こうしていられるのかがわからない以上、最重要事項を思い浮かべて早口に伝えた。 「朱音、母さんに俺からゴメンって伝えて! 色々やばいけど一応元気! 拓真もだ! それから――」 「やだ。自分で言ってよ」  ふいに朱音は頬を膨らませた。素直で愛らしい性格だったはずなのに、しばらく会わなかった内に人を困らせる術を覚えていたらしい。  薄れていたはずの寂しさがぎゅっと胸を締め付ける。  思春期の著しい変化は侮れないものだ、きっとあっという間に兄にとっては知らない「女」になるのだろう。これからの成長を見守ってやれないのは残念でならない、と急に思った。 「そこどこかわかんないし、どうやって会話してるのかもわかんないけど、帰ってきてくれなきゃヤダ。幻覚じゃ、無いんでしょ……?」  泣き出しそうな顔を逸らした少女は、声を震わせていた。  ズキリと胸を突く痛みを無視してまくしたてる。 「拗ねるなって。帰れる気は正直、しない。だから俺の私物は全部売り飛ばしていいぜ。あ、机の奥の筆箱の中のヘソクリは好きに使って構わない。DVDの類は、ラベルに何が書いてあっても絶対中身を確認せずに捨ててくれ。パソコンも、できれば母さんに頼んで処分してな」 「こんな現実的なことしか言わない幻覚、リアル過ぎ……本物なの……? 嘘でも帰って来るって言ってよ……」 「ごめん。ごめん、朱音」  他にどう言えばいいのか、適切な語彙が浮かび上がらなかった。 「謝ったって許さないもん。全部話してくれないと――――」  声は途切れ、滝の流れが歪んだ。
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