6人が本棚に入れています
本棚に追加
「窓? そういえば背後の部屋のアングル……今鏡に向かってんのか」
察するに、鏡や窓や水が映像を映し出す媒体であろう。まさかこの音声は水から出ているのか? そんなバカな。
「そうだよ。いきなりお兄ちゃんが映ってて吃驚した! すっごい心配したんだよ……お母さんも……」
「ストーップ! 今泣かれても頭撫でてやれないから。頼む」
手を挙げて、雪崩れ込むように想いを吐露する朱音を制した。言われるがままに少女は目を見開いて硬直した。
「う、うん。ごめんね」
「いや、お前の所為じゃない。怒鳴って悪かった」
「ううん。ねえ、ホントにそこどこなの? 岩しか見えないけど……お兄ちゃん、ちょっと痩せた? 失踪した後に何があったの」
「話せば非常に長くなるから今は無理」
どれくらいの時間こうしていられるのかがわからない以上、最重要事項を思い浮かべて早口に伝えた。
「朱音、母さんに俺からゴメンって伝えて! 色々やばいけど一応元気! 拓真もだ! それから――」
「やだ。自分で言ってよ」
ふいに朱音は頬を膨らませた。素直で愛らしい性格だったはずなのに、しばらく会わなかった内に人を困らせる術を覚えていたらしい。
薄れていたはずの寂しさがぎゅっと胸を締め付ける。
思春期の著しい変化は侮れないものだ、きっとあっという間に兄にとっては知らない「女」になるのだろう。これからの成長を見守ってやれないのは残念でならない、と急に思った。
「そこどこかわかんないし、どうやって会話してるのかもわかんないけど、帰ってきてくれなきゃヤダ。幻覚じゃ、無いんでしょ……?」
泣き出しそうな顔を逸らした少女は、声を震わせていた。
ズキリと胸を突く痛みを無視してまくしたてる。
「拗ねるなって。帰れる気は正直、しない。だから俺の私物は全部売り飛ばしていいぜ。あ、机の奥の筆箱の中のヘソクリは好きに使って構わない。DVDの類は、ラベルに何が書いてあっても絶対中身を確認せずに捨ててくれ。パソコンも、できれば母さんに頼んで処分してな」
「こんな現実的なことしか言わない幻覚、リアル過ぎ……本物なの……? 嘘でも帰って来るって言ってよ……」
「ごめん。ごめん、朱音」
他にどう言えばいいのか、適切な語彙が浮かび上がらなかった。
「謝ったって許さないもん。全部話してくれないと――――」
声は途切れ、滝の流れが歪んだ。
最初のコメントを投稿しよう!