30.山なりに

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 ズン、と大地が激しく揺れる。  ――地震!?  よろめき、転んだ。揺れが収まるまでの十五秒間、久也は洞窟の滑らかな地面にしがみつくしかできなかった。  落ちる水を見上げても、もう朱音の姿は跡形が無く消えていた。  諦めてため息をつく。 「にしても何ヶ月も住んでて、地震なんて初めてだな」  揺れが収まったのを見計らって、洞窟の入り口から横道へと歩み出た。雨粒に打たれながらも外の様子を窺う。遠くの茂みの中に人の姿がある気がするが、視界が悪いので判然としない。  そして両目は河に焦点を定めた。最初は暗くて何かの大型動物が来たのではないかと思ったが、目を凝らすと段々と動物にしては大きすぎる塊に見えてきた。  刹那の煌きに恵まれる。  雷の音は一秒も経たない内に続いた。すぐ近くに落ちたのだろうが、久也にとっては目の前の光景の方が意識を占めた。 「ぐっ……!?」  意識が遠のきそうになる。しかし目を閉じても残像が瞼の裏にちらつく。  そのあまりもの衝撃で再び覚醒してしまった。吐きそうになったが、直ちに手負いの腕に自ら噛み付いて、その激痛で持ち応えた。 「なん、だコレ……何だよ!? こんな、こんなことがあるのか!」  全く何の役にも立たない疑問を叫ぶ久也の頭上で、今一度、稲妻が天を駆けた。  一瞬の光が受け入れ難い現実を残酷に照らし出す。  次には雷の怒号が鼓膜を割らんばかりの勢いで、萎れた精神に追い打ちをかけた。  ――聖なる滝の麓には、死体と思しき歪(いびつ)な人影が山のように積み上がっていた。
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