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急に脚の力が抜けてきたのか、ユマロンガはつんのめった。華奢な両肩を掴み、倒れそうになる上体をそっと支えてその場に座らせた。強がっていたのだろうが、それでもこの場所は集落民にとっては神力が濃すぎる。
「待っ、て。さっきの話だと、あなた、また血肉を削いで滝神さまに……それなら、あたしが……」
「そこまで気にしなくてもいいから」
既に瞼が下りてきている。一瞬、ここで寝かせてしまっていいのか、起きた後もっと具合悪くなっていないだろうか、と逡巡した。
が、何処かへ運んでやる暇も無い。諦めて、久也は己の脱ぎ捨てた服を畳んで積み重ねた。それをユマロンガの枕代わりにして、横たわらせる。
「休んでろ」
あの闇の中を突き進むのは自分一人で十分だ、そう思って久也は酒の小瓶を手に取った。ナイフは忘れたので、ユマロンガの帯から提がっているのを拝借する。
そうして闇の中を神の元へと歩き出した。迷いは無かった。
何せしばらく前から、大いなる存在に呼ばれている気がしていたから――。
*
「来たな、青年」
「ああ。もしかして呼んでた――」
「よいのだ、細かい話は後回しじゃ。そなたの訊きたいことはわかっておる」
最初に対話した際と同じ手順で、滝神は姿を現した。水を本体とする神は此度もサリエラートゥの姿を模したが、表情は以前と打って変わって硬い。腕を組んで仁王立ちの体勢だ。
「境界線が、不鮮明になりつつある。あの贄(にえ)の山は、同時に命を絶った人間をそなたらの世界中からかき集めたものではないぞ」
「は? じゃあどこから来たって言うんだ」
「言い方が悪かったな。確かに各地の交点を通ったのだが、時間の流れにも歪みが生じたのじゃ。あれらは、本来なら何か月もかけてこちらに渡るはずであった。元々こちらとあちらでは時間の流れが違うしな」
「そんな、こともあるのか……?」
つまりはこの先じっくり時間をかけて起こるべきだった現象が、まとめて早送りされて起きたと。そう考えるとまるで、地球の方がこっちの世界に追いつこうとしているようにも思えた。時空が捻じ曲げられるなど、SF世界のようだ。いや、ここは敢えてオカルトの一言で片付けるべきか。
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